私は2004年から2018年まで、東京海上キャピタル(現ティーキャピタルパートナーズ)のメンバーとして個別案件への参画、PEファンドの経営、PE協会副会長としてPEファンド業界の社会的認知の向上に関与しました。その間、2014年当時(要確認)、当該コラムに「PEファンド化する機関投資家」との題で、機関投資家がアクティビストと組んで投資先企業に提案を行う動きがわが国でも実現するのではないかと、期待を込め投稿しました。第3回『PEファンド化する機関投資家』 | JPEA(一般社団法人 日本プライベート・エクイティ協会)
PEファンドと日本の機関投資家との距離感は、当時に比べグッと近づいており、PE協会メンバー各位の努力、実績の賜物であると、嬉しく思っています。
私は2018年にPEファンドを卒業し、現在は不動産関係のファミリーオフィスに勤務しています。今般当該コラムへの投稿依頼をいただき、PEファンドで働くメンバー各位、特に業界経験が比較的浅い仲間を念頭に、思うところを記載しました。 「人間力養成の場としての」とは大仰な表現ですが、別業界からPEファンド業界を眺めると、「日々の業務を通じて、意識することなく人間力が養成される道場」に皆さんがいる様に見えます。なぜその様に見えるのか、以下4点その魅力を挙げます。
目次
1) 「エクイティの匂い」が自然に身に付く
「エクイティの匂い」と言っても、ギラツキ感が全面に出た投資銀行員の匂いではありません。企業経営者、ファミリービジネスのオーナーが、資本政策や事業承継の話を持ち出したくなるような引き出しを多く持ち、その一方で結論を誘導することなく、相手側に考えさせる、語らせる、その様な「匂い」です。
バブル崩壊前の銀行、特に長期信用銀行系(長信銀という言葉は、既に死語になっている様ですが)の行員は、顧客の規模に関わらず、マクロ経済環境、顧客が属する業界、顧客企業の資本構造を頭に入れながら、営業をしていました。提供する商品はデットですが、償還までの期間が5年前後と長く、当時はデット依存度の高い顧客が多かったことから、デットとは言え疑似エクイティの様な商品であり、日常の顧客との会話が、自づと資本政策の話題に繋がっていました。残念ながらこの様な機会は、金融バブルの崩壊により、消滅しました。特にLender’s liabilityなる概念が拡大解釈され、顧客の懐に飛び込んで対話をする姿勢が弱まり、銀行関係者からはエクイティの匂いが消えています。従いまして、有為な社会人が「エクイティの匂い」を身に付ける場として、PEファンド業界は稀有な機会を提供しています。
PEファンドの仕事は、投資検討時からエグジットまで、終始一貫してデット・メザニンとの対比でエクイティ価値を凝視する毎日であり、エクイティの匂いが付いて回る仕事です。勿論投資銀行のエクイティ部署、M&Aアドバイザーなどは、エクイティを仕事の対象にしていますが、エクイティを「自分事」にしているPEファンドのメンバーは、誰よりもエクイティへの関与が深くなっています。
ファミリービジネスのオーナー、あるいは部門売却を考えている大企業の企画担当役員からしますと、「エクイティの匂い」がしない相手に、大事な手の内を垣間見させることはしません。「エクイティの匂い」を醸し出すことで、多くの経営者と真正面から対話をする機会が積み上がり、PEファンドメンバーの地力、人間力が日々高まっていくのではないかと考えています。
2) 壁にぶつかる機会に連続して遭遇できる
卒業した学部の校友誌に、卒業5年から10年の若手社会人と現役学生による座談会が掲載されていました。卒業生各位のキャリアは、Aさんは生保→人事コンサル、Bさんは日系証券会社→米系証券会社→PEファンド、Cさんは政府系金融機関に継続勤務しています。ロールモデルとして登壇した若手卒業生3人のうち、2人が転職経験者であることに、「今風には当たり前」の世界を垣間見ました。
学生とのやり取りの中で面白かったのは、ある学生が「やはりゴールから逆算したキャリアプランを想定し、その中で自分が身に付けたいスキルとかを求めて就職していくのですよね・・」と自分の就活姿勢について、社会人からの同意を求めた場面です。その質問に対し、PEファンドで働くB氏は「自分がどうなりたいか、学生の時はピンと来ませんでした。就活はまったく上手くいかず、プランは毎回変わりました・・」と淡々とではありますが、その学生に「そうではないよ」と別の見解を示している場面です。私なりの解釈をすれば、予定調和の世界から抜けきれていないナイーブな学生に対して、「世の中思い通りにいきません。でも考えることを止めなければ、道は開けます。」と、実社会の壁にぶつかりながら、壁を突破しようとしているB氏の姿に共感を覚えました。
勿論社会の壁にぶつかる機会はどの業界、職場にもあると思いますが、PEファンドの場合、自分が当事者になって投資先を動かしていかないと、悲惨な結果が丸々自分に跳ね返ってきます。多くの場合、投資先の経営陣は自分より長い人生経験を持っていますから、自分を前面に出して経営陣と対峙しない限り、事態の打開は図れません。岩盤の様な相手に対し、真冬のぶつかり稽古を強いられる毎日かと思いますが、この様な経験が出来るのも、PEファンド業界の魅力であると言えます。
3) 隠れたヒーローとの遭遇を通じて研ぎ澄まされる、人物評価の選球眼
PEファンドのメンバーとして、投資先企業の現場にいると、それまで目立たなかった、あるいは色々な理由で目立つことを避けていたダイヤモンドの原石の様な方々に出会うことがあります。大企業子会社の場合、親会社から派遣される幹部社員の行状、無能さを見て、仕事への意欲が削がれていた方々。ファミリービジネスの場合、オーナーの独断経営に辟易としている方々。実力を発揮しないまま宝の持ち腐れとなっている社員が、どの企業にも相当数いるはずです。PEファンドによるオーナーチェンジが、桎梏の解消を引き起こすことで、この様な隠れたヒーローが出現する機会が到来します。とは言え、ヒーローが自主的に手を挙げてくれることはありません。投資先に関与するファンドメンバー、特に現場に一番食い込んでいる担当者が、投資先の現場社員から信頼を徐々に得ていくことが大前提です。その過程でレーダーの精度を高めていると、それまでニヒルな傍観者であった隠れたヒーローから、流し目程度の合図があり、接触を深めていく中で、思いがけない問題提起、提案が聞けるようになります。これらの隠れたヒーローの多くは、PEファンドで勤務する皆さんの職場には、余りいないバックグランドを持つ人々です。地方出身の方であれば、地元の公立中学時代のクラスメートに再会した時のイメージでしょうか? 親の職業はサラリーマン、自営業、農家などバラバラ、頭の良い子もいれば、スポーツ万能だけど教室では急に静かになる子、一人教室の隅で本を読んでいる子がいる。何十年ぶりかの同窓会で再開すると、当時は目立たなかった子が、思いがけない活躍をしている、その様な場面です。
環境が変わることで、実力が一挙に顕在化する人間はいるものですし、投資先の企業価値がグッと伸びる時には、必ずその様な「隠れたヒーロー」が出現します。人の評価をどうしたら研ぎ澄ますことができるのか、眠っている才能・問題意識の芽をどの様に開花させるのか、投資先の現場にいる皆さんの悩みは尽きないと思います。悩み続けながら、等身大の自分を現場にさらし、現場を巻き込むことが、「隠れたヒーロー」との出会いにつながります。人物評価の選球眼を高める、貴重な場面を経験できるわけです。
4) 過信、慢心、勘違いの地雷を踏める舞台
ここまで、PEファンド現場の魅力ばかり伝えてきましたが、世の中それほど甘くはありません。PEファンドという舞台には、過信、慢心、勘違いに陥る地雷があちこちに埋設されていて、皆さんはその地雷原の上に立っています。
地雷原は、まず投資先企業にあります。
担当先企業の経営権を握ったファンドのメンバーとして投資先会社に出向く訳ですから、投資先企業の幹部は、投資担当者である皆さんの意見、コメントを拝聴し、皆さんの一挙手一投足に注目が集まります。深く考えずに言及した皆さんのコメントに、投資先企業の幹部が即座に反応したり、賛同を得たりすると、自分が業界のエキスパートになった様な錯覚に陥ります。作成した100日プランを投資先社員に説明し、社員が目を丸くしている姿を見ると、どこかの大学教授にでもなった様な高揚感に包まれます。実態は、皆さんのコメントなど受け流したくて仕方ないのですが、「支配株主」だからと面従腹背しているだけかもしれません。社員が目を丸くして皆さんの説明を聞くのは、実は社内の実情とかけ離れた提案の数々に、呆れてものが言えなくなっている表情であるかも知れません。
とは言え、相手の懐に飛び込まないことには、ハンズオンマネジメントなど出来ませんから、地雷原を恐れず、逆に地雷を踏むことで自分が鍛えられていく位の気持ちで、現場を進むことが肝要かと思います。無暗に謙虚に振る舞う必要はありません。
もう一つの地雷原はPEファンド社内にあります。
大成功が見えてきた案件の担当者は、社内で発言力が増すばかりでなく、パフォーマンスの芳しくない案件を担当している同僚の対応に、ついつい批判的になりがちです。投資結果の良否が、キャリーを含めファンド社員の処遇に直結する訳ですから、その様な気持ちになることは理解できます。一方で、厳しい投資案件からは得られる教訓も多く、その様な案件を担当して苦労したメンバーは、次の案件では素晴らしい成果を上げるかも知れません。逆に成功案件の担当者は、その成功体験が次の案件で分析力を曇らせる落とし穴になるかもしれません。PEファンドメンバーは、10年、20年同じファームにいることも多く、投資案件が良好な時には一層謙虚に、厳しい局面にある場合には「夜明けは近い」と奮起することで、気持ちの安定度を高めることが、社内の地雷原を踏まない秘訣です。
PEファンドの現場感覚が遠のいている今、気恥ずかしい内容ですが、投資活動を通じて人間力鍛えている皆さんへの応援メッセージになれば幸いです。
著者プロフィール
深沢 英昭(ふかさわ・ひであき)
泉吉(いずきち)株式会社常務取締役
深沢 英昭(ふかさわ ひであき)
泉吉(いずきち)株式会社常務取締役
日本長期信用銀行(現新生銀行)、日本興業銀行(現みずほ銀行)、みずほ証券を通じてM&Aアドバイザリー業務に従事。
2004年4月、東京海上キャピタルに参画し、同社社長、会長を歴任。
この間日本プライベート・エクイティ協会副会長に就任。
2018年4月より、千代田区丸の内に商業ビルを所有する資産管理会社、泉吉に勤務。
静岡県熱海市生まれ。
東京大学経済学部卒
シカゴ大学経営大学院修士課程修了(MBA)