目次
日本プライベート・エクイティ協会
第20期 年次総会 第一部 パネルディスカッション

パネリスト:(五十音順)
株式会社 東京証券取引所 上場部 企画グループ 統括課長 池田 直隆様
一般財団法人日本ベンチャーキャピタル協会 会長 / 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ 代表取締役・General Partner 田島 聡一様
野村證券株式会社 常務 村上 朋久様
株式会社ロングリーチグループ パートナー 津田 敬太郎様
モデレーター: 日本プライベート・エクイティ協会 理事 / エンデバー・ユナイテッド 代表取締役 三村 智彦
証券市場の制度改革や市場参加者の動向が
PE市場に与える影響について
事務局: 日本プライベート・エクイティ協会年次総会イベントにご参加いただきありがとうございます。本日は社員総会の前にパネルディスカッションを行います。テーマは「証券市場の制度改革や市場参加者の動向がPE市場に与える影響に関する討議」です。モデレーターは当協会の理事でもあります三村様にお願いいたします。

三村様(モデレーター): ご紹介いただきました三村です。本日は大変豪華なゲストをお迎えし、パネルを進めたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。早速、私の手前の方からご紹介させていただきます。
東京証券取引所より、上場部企画グループ統括課長の池田様です。池田様は2010年から同グループにて、制度改革、スタートアップ育成、市場区分の見直し、コーポレートガバナンス・コードの向上など、上場制度全般の改革を推進されていらっしゃいます。
池田様(東京証券取引所): 東証の池田でございます。本日はよろしくお願いいたします。
日本ベンチャーキャピタル協会代表理事会長でいらっしゃる田島様です。田島様は三井物産、サイバーエージェントを経て、独立系のシードベンチャーキャピタルであるジェネシア・ベンチャーズを創業されました。2023年7月からはベンチャーキャピタル協会の会長も務めていらっしゃいます。
田島様(日本ベンチャーキャピタル協会): 今回、PE協会様に総会に初めてお呼びいただきました。ぜひ色々勉強させてください。
野村證券株式会社 常務の村上様です。村上様は東京・ロンドン市場での商品組成、トレーディング、デリバティブ事業などを経て、2014年からは野村證券様が手掛けるエクイティ全般の引受を責任者として推進されています。グローバルIPOも数多く手掛け、2020年からは野村證券の引受全体を統括される立場にいらっしゃいます。
村上様: 野村の村上です。多くの方々に日々お世話になっております。我々がどのように考えてディール運営を行っているかを含め、皆様にご理解いただく機会として、大変光栄に思っております。
当協会の正会員を代表しまして、ロングリーチグループパートナーの津田様にお越しいただいております。津田様は伊藤忠商事の北米でPE投資事業を立ち上げられ、10年ほど北米で投資された後、ユニゾンキャピタルを経て、ロングリーチグループのパートナーに就任されています。本日のテーマは証券市場全般ですが、IPO市場、特にグロース市場、そして非公開化を取り上げたいと考えております。直近で双方のディールをご経験されていますので、実際に案件を進められたお立場からのお話をお聞かせいただければと思います。
津田様(ロングリーチグループ): よろしくお願いいたします。ロングリーチグループの津田です。正会員を代表してという大げさな立場ではなく、直近5月にグロース市場でTOB、6月にはIPOの両方をさせていただいた直近事例も踏まえて、PEの実務者としての立場からお話しさせていただければと思います。
東京証券取引所の近年の制度改革
三村様(モデレーター): それでは最初に池田様に、近年の制度改革についてご紹介いただきたいと思います。

池田様(東京証券取引所): あらためまして東証の池田と申します。東証では、近年、様々な改革を行っているのですが、普段国内外の投資家の方々や企業の方々と話す際に使っております、現状の取り組みを1枚にまとめた資料を用いて、本日のパネルの前段として、大きな流れをご説明できればと思います。
全体としましては、2022年の市場区分見直し以降、上場企業の方々に対して、より投資家やマーケットを意識して経営していただくために何ができるかを、投資家や企業の方々と議論し続けながら改革を進めております。スライドの左側の大きな流れは、主にプライム市場、そしてスタンダード市場が対象となっています。
「PBR(株価純資産倍率)1倍の改革」

左上は、2023年3月に発表した、いわゆる「PBR(株価純資産倍率)1倍の改革」と称される話です。PBR1倍はあくまでも例示ですが、資本コストや株価を意識した経営を企業の方々に推進していただいております。これは、上場企業である以上、株主・投資家の目線をより意識して企業経営に取り組んでいただきたいというもので、具体的な取り組みを開示・実行していただくことをお願いしています。
現在、プライム市場の9割超の企業が開示を行っており、初動としてかなり進展しています。今後は、開示された計画が実行に移され、実際に成果が出てくることが重要なフェーズだと認識しており、引き続き投資家の方々からの関心も高くなっております。
スタンダード市場では約半数の企業が未開示であり、これからが課題です。
その中で、その下に示されている親子上場等についても議論が進んでいます。資本コストや株価を意識した経営を推進する中で、事業ポートフォリオの配分の観点からも、特に海外投資家からの関心が高まっています。その結果、完全子会社化などの再編もダイナミックに起きています。また、こうした支配株主による非公開化の場面におけるルールも最近見直しました。支配株主による非公開化については、少数株主との構造的な利益相反リスクが存在することから、少数株主の公正な利益を確保する観点から、制度整備を行っています。
親子上場等は、海外投資家からの関心が特に高いです。現在、上場子会社は200社ほどで、減少傾向にありますが、持分法適用会社の数は年々増加し1,000社に届きそうな状況です。投資家からは、なぜその形態をとるのかという点に強い関心が寄せられています。今後もグループ経営のあり方については、マーケットの重要なテーマになるでしょう。さらに、独立社外取締役の機能発揮を図っていく観点から、その辺りの規律についても検討を進めていく予定です。
グロース市場の改革
右側に移りまして、主にプライム市場やスタンダード市場の話とは別に、グロース市場の改革についてです。
スタートアップ経営者の方々と話すことが多いですが、上場維持基準が2030年から「上場5年経過後に時価総額100億円」に見直されるという話は、大きな話題となっており、関心が高いです。
しかし、強調したいのは、新規上場基準は引き上げていないということです。全体的なトレンドとして上場企業の規模が大きくなる傾向はあると思いますが、小規模で上場して大きく成長する企業は歓迎するスタンスを明確に示しております。
また、テクニカルな基準見直しの話に注目が集まりがちですが、グロース市場をグロース市場らしくしていくこと(「高い成長を目指す企業が集う市場」というキャラクターをより強めていくこと)が今回のメインテーマです。
かつてのマザーズ市場は、市場第一部へのステップアップを前提としたマーケットでしたが、現在のグロース市場はプライム市場と並立する独立したマーケットです。
2026年からは、TOPIXにもグロース市場から組み入れられるようになります。これにより、プライム市場でないとインデックス投資の対象にならないという問題も解消されます。時価総額基準の引上げはグロース市場をよりグロース市場らしくするためのツールの一つであり、今後も引き続きパッケージとして進めていきたいと考えています。
最後に、プライム市場では資本コストや株価を意識した経営が進み、グロース市場はグロース市場らしくなっていく中で、スタンダード市場がどうなっていくのかという点は、投資家から関心が高いです。この点についても、議論を開始しており、今後お示しできるかと思います
三村様(モデレーター): 池田様、貴重な情報をいただき、ありがとうございます。
まず、プライム・スタンダード市場については、資本コストや株価を意識した経営を、情報開示も含めて高度化していく流れであり、その中で親子上場等の課題解決に対する期待、そしてより透明性の高いプロセスが望まれていると理解しました。
一方でグロース市場については、よりグロース市場らしい企業にいてほしいというメッセージだと受け止めました。
また、スタンダード市場の方向性が課題となり、検討が開始されるという点は、個人的にはあまり意識できていなかったのですが、大きなメッセージだと感じました。
市場データの確認
討議に入る前に、市場データを確認しておきます。 スライドにある非公開化案件の推移をご覧ください。
2025年上半期(H1)のデータを見ると、件数・金額ともに既に去年の半分以上を占めており、昨年を上回るペースで推移していることが分かります。これは非常に高い水準での推移です。
フィナンシャルスポンサーが関与する案件は、金額ベースで全体の5割近くに達しており、ファンドが関与する非公開化が活発化していることが示されています。
次に、IPOの状況です。 新規上場における公募・売出金額の推移を見ると、国内市場全体のIPO金額は増加しており、今年度も去年の半分以上の水準を維持しています。グロース市場の金額はプライム市場よりも小さいですが、今年度は今のところ横ばい傾向です。
新規上場案件の推移(件数)を見ると、国内市場全体のIPO件数は横ばいです。
グロース市場はIPO件数のかなりの部分を占めており、バイアウトスポンサーがIPOで売り出しをする場合、4割がグロース市場を選択していますが、ここでも、時価総額基準の見直しが話題となっています。
最後に、2025年度正会員アンケートの結果です。
「どのような案件が増加すると考えますか」という問いに対し、非公開化が増加すると回答したGPが30%超に上り、これは昨年と比較しても大きな伸びです。
一方で、「今後のEXITにおいてIPOの数は増えると考えますか」という問いに対し、「減少する」と回答したGPがほぼ半分でした。これは今年の特徴的な結果です。
ここまでのマーケットデータと制度改革の結果を踏まえ、討議に入ります。
討議①
東証グロース市場の上場維持基準(時価総額基準)
見直しについて

三村様(モデレーター): まず、村上様に質問です。野村證券で引受業務全般を指揮されているお立場として、今回の基準見直しが公開市場、特にグロース市場にどう影響するか、またグロース市場がさらに成長するための課題、そして可能であれば、証券会社としての引受スタンスについて、お聞かせいただけますでしょうか。

村上様(野村證券): 野村の村上です。まず、皆さんが一番興味をお持ちと思われる引受スタンスについてお話しします。 今回、東証様からの発表があった時点では、弊社の引受スタンスは一切変えておりません。むしろ、池田様ともお話しておりましたが、このタイミングで業績の見通しが立たないなどの状況を理由に、企業側に見直しを求めたり、我々から案件をお断りするといったことは、基本的になるべくやらないようにし、やる場合は上の人間がきちんと説明するところまで徹底して、今回の発表を基にスタンスを変えたと誤解されないような対応まで行っておりました。
一方で、全体のスタンスの見直し自体は、今回の話とは関係なく、以前から進めてきた流れで、私は2年ほど前に行われたIPOプロセスの改革にも携わっておりましたが、ユニコーン創出など様々な政策の中で、「上場市場が発達する中で、小型上場のデメリット」や「本当に上場すべき銘柄か」という問いを考えた際に、それに合わせた体制を整えようと取り組んできました。
そういった意味で、小型の案件も行っています。小型だからやらない、大型だからやるといった区別ではなく、我々として上場させた方が良い、あるいは企業様自身がそう思っており、成長していくと信じる会社には、しっかりとサポートしていく方針です。
数年前から未上場企業に対する資金調達を行う組織体制も整えており、未上場会社へのサポートを強化してきました。
本日、弊社のプレスリリースがありますが、本日のセッションに合わせてというわけではありませんが、未上場企業へのサポートを加速させる形で、未上場企業に対するサポートをより専門的に行う組織体制を強化しています。
これは、未上場のままでいる先が増えており、将来的にはIPOは件数が減るかもしれませんが、未上場企業の規模は大きくなっていくと見ています。その中で、資金調達や事業紹介など、専門的なサービスが必要とされるものが増え、証券会社が未上場企業に提供するソリューションやサービスの期間が長くなり、多岐にわたると考えています。
このような形で、未上場企業にフォーカスしていくことが、国の政策とも合致すると考えております。
三村様(モデレーター): 市場が向かうべき方向性がある中で、上場前の非公開企業へのサポートもかなり強化されるというお話ですね。ご教示ありがとうございます。
次に田島様、ベンチャーキャピタル(VC)を率い、ベンチャーキャピタル協会の会長も務められているお立場から、今回の基準見直し、あるいは今後のVCとしてのEXIT活動にどう影響があるか、どのような方向性を志向していくかお聞かせいただけますでしょうか。

田島様(日本ベンチャーキャピタル協会): まずスタートアップ起業家の視点からお話ししますと、これまでM&Aを目指すのか、IPOを目指すのかという選択が曖昧になりがちでしたが、今回の上場基準の明確化によって、IPOを目指すかM&Aを目指すかの判断がかなりクリアにできるようになったと思います。この領域であればIPOを目指せる、目指せないといった判断がシャープになりました。これはポジティブに捉えています。
上場してもその後成長が止まってしまっている起業家もいると思いますが、もしM&Aを選択していれば、2回目、3回目のチャレンジで大きなものを生み出せたかもしれません。このオポチュニティ(機会)が増えていくという見方もできます。
ベンチャーキャピタルとしては、より「高さ」を求める投資判断・投資戦略にシフトしていくことになるでしょう。しかし、この「高さ」を求めるのは簡単ではありません。
前職では、シードラウンドでSansanに投資し、現職ではプロダクトリリース前のタイミーに投資して、それぞれ100倍近いリターンを出した経験があります。しかし、当時の名刺管理マーケットや隙間バイトのマーケットがこれほど大きくなるとは、投資時点では分かりませんでした。つまり、高さを出していく上では、大きなポテンシャルと不確実性が共存するフロンティアにしっかり踏み込んでいかなければならないと考えています。
2022年以降、SaaS企業の株価は見直されていますが、従来SaaSは5年後、10年後のプロジェクションが予測しやすいこともあり評価されていました。しかし、AIが指数関数的な進化を遂げる今、予測可能であることが逆にディスカウントされ得る世界になりつつあります。つまり、不確実でどう変わるか分からないような爆発性のある領域(例えば宇宙領域など)に評価が向かっています。ベンチャーキャピタルは、トラクションや蓋然性を見ることよりも、未来の起こる時代の変化を読み解き、不確実性の高い領域に踏み込んでいく必要があると考えています。
三村様(モデレーター): 今回の話から、基準見直しはVC業界に影響がないわけではないが、むしろポジティブに捉えているということが分かりました。IPOかM&Aかという選択肢が曖昧だったものが、明確になったことで、より高いところを目指すためにやるべきことがクリアになったのですね。一方で、AIの台頭も含め、より不確実なビジネスと向き合う難しさも増しているというご指摘、ありがとうございます。
次に津田様、今年6月のグロース市場でのIPO、おめでとうございます。直近でグロース市場でのIPOを成功されたご経験や、その際の良かった点、苦労された点などを踏まえ、今回の見直しについてGPとしてどのように感じていらっしゃるか、またグロース市場がEXIT機会としてさらに魅力的になるためには何が必要かお聞かせいただけますでしょうか。

津田様(ロングリーチグループ): ありがとうございます。今年6月に弊社の投資先のウェルネス・コミュニケーションズという会社をグロース市場に上場させていただきました。タイミング的に今回のグロース市場改革の影響を直接受けたわけではありませんが、PEマーケットにいる身として、上場当時にぶつかった2点の壁について、一連の改革の一部には関連があるため、少しお話させていただきます。
1つ目は、IPOのプライシング(値付け)です。
PEマーケットの値付けとは異なり、コンプス(比較対象企業)のPER(株価収益率)を参考にしますが、キャピタルストラクチャーが反映されにくい上に、さらにIPOディスカウントが行われるため、PEファンドとしてはIPO価格がエグジット目線に合わないことが多く、過去の弊社のIPO検討案件を鑑みても、エグジットとして最適な選択肢にならないことは多くあります。
特にグロース市場は新しいビジネスが多く、類似企業が少ない、あるいは存在しない場合があり、コンプス自体が少なく、コンプス他社の個別事象がプライスに大きな影響を与えます。例えば過去我々がIPOを検討した案件では、参考にしたコンプスの1社が高いプレミアムで非公開化され、本来であればそのセクターが評価あれるべきところ、非公開化された結果、そのコンプル企業がコンプスから外れ我々のプライシングも何故か下がるというような事例もありました。
ウェルネス・コミュニケーションズの場合、野村證券さんに主幹事を務めていただき、おかげ様で良いIPOとなりましたが、勿論プライスに関しては主幹事証券さんと熱い議論を交わさせて頂きました。ただ今回過去のプライシング議論と大きく異なっていたのは、プライシングのプロセスの透明度が向上したことです。東証さんと金融庁がリードして、「公開価格決定プロセスの透明度向上」を推進されましたが、この5年間で最も大きく変わったと感じますし、これは我々にとって非常に大きいと感じています。ひと昔前とは異なり、今回透明性を持って、非常に建設的なプライシングに関する議論が主幹事証券さんとの間でできました。公開価格決定プロセスの透明性向上が今後も更に進められることを期待しています。
2つ目は、グロース市場への機関投資家のアテンションと資金の量に関してです。
ウェルネス・コミュニケーションズは時価総額約200億円の企業で、PE業界ではミッドキャップの下の方に位置します。グロース市場での典型的な上場では、新規発行が時価総額の10%程度、それを含むオファリング総額が25-30%といったパターンだと思います。この内大半の引受け手は個人投資家ですが、最初のアンカー投資家となる機関投資家の需要がIPOにはとても重要です。この機関投資家への売出は額にすると10億円に満たない案件が多いと思います。
PE市場から見ると10億円以下の機関投資家からの需要は「比較的容易な金額」に見えてしまいますが、実際IPOでは、この需要を埋めるために、理論値からそれなりのディスカウントをし、ロードショーなど一連のプロセスを経て、機関投資家の気を惹くわけですが、全般的に機関投資家、特に海外の機関投資家からのグロース市場への注目度や投下される資金が少ないということを改めて知らされます。
ウェルネス・コミュニケーションズは、HRテック・ヘスケアテックのセクターに属し、約10期連続で成長し、キャッシュフローも潤沢な企業です。仮に我々が、この企業を200億円で新規案件としてバイアウトする場合は、必要であれば共同投資家として海外機関投資家から1ロット20-30億円で、複数の投資家をそれなりに容易に連れてこられるようなアセットだと思います。
同じような規模のアセットでも、PE市場における資金調達と、グロース市場での資金調達の間に大きなギャップが存在していることを改めて感じました。
ウェルネス・コミュニケーションズの場合、結果的には主幹事証券さんのご尽力により、オーバーサブスクライブとなる良いIPOでしたが、やっている最中には十分な需要があるのか懸念される場面もありました。
今回の東証さんが行っているグロース市場の改革は、まさに海外の投資家を含めた資金の流入をもっともっと増やし、流動性を増やしていくことが一つの大きな目的だと思いますので、それに繋がることをPEファンドとしては非常に期待しておりますし、実際繋がるものだと考えております。
三村様(モデレーター): 津田様、数ヶ月前にディールを終えられたばかりの熱気を感じるお話でした。プライシングの透明性の向上、そしてPEの立場から見たIPO時の機関投資家の需要喚起の難しさ、PEマーケットでの共同投資の集まりやすさとのギャップについて、肌感覚として共感します。今回の市場改革を通じて、機関投資家も含め、より多くの人々の注目が高まることを期待しています。
この点について、村上様いかがでしょうか。
村上様(野村證券): 津田様、ありがとうございます。過去を見ると、200億円規模の案件で5%を持つと10億円となります。(大量保有報告の)5%となるため、なかなか持ちにくいという問題があります。一方で、日本の機関投資家のうち、中小型ファンドは減少し、資金量も少なくなっています。私がこの仕事を始めた頃は、500億円を超えるようなディープサイズの案件でも、国内の機関投資家だけで全く問題なく仕上げられましたが、ここ10年ほどで一気にそれがなくなってしまいました。
その背景には、市場の魅力自体が低下したこと、そしてインデックス運用が発達し、アクティブ運用が育ちにくいという日本の特性など、様々な要因があると思います。
エコシステムをもう一度様々な形で作っていかなければならないと感じています。その大きな部分の一つが、東証様の思いとして「グロース市場をどうしていくか」という点だと理解しています。
池田様(東京証券取引所): 我々もグローバル投資家の方々から多くのインプットをいただいていますが、特にアクティブ投資家の方々は、実際に企業を深く見ていらっしゃるので、その意見を大事にしています。先ほどの村上様のお話しと一部重なりますが、上場前の企業様も上場している企業様も同じですが、経営者の方々からは「個人投資家しかいません」「機関投資家との対話と言われても、機関投資家がいないではないか」とご意見をいただくことが多いです。
ここをきちんと把握していただくことが重要だと考えています。様々な投資家にご協力いただいていますが、問題は機関投資家のことを知らないということです。時価総額の話が多くでますが、流動性がないと買えませんし、グロース株で、大型株と同じ成長率では興味を持たれないかもしれません。これらを把握してアプローチする必要があります。
また、個人投資家は短期的な視点で配当・株主還元しか見ていないと決めつけがちですが、実際にはそうでもありません。マニアックに深く研究し、多くの銘柄を保有している個人投資家も多くいらっしゃいます。
したがって、上場前も上場後も、どういった投資家にリーチしていくのか、その投資家とどのように対話していくかをきちんと把握していただくことが重要だと考えています。
三村様(モデレーター): ありがとうございます。このテーマだけでも45分では足りないくらいですが、次に進みたいと思います。
討議②
非公開化について

三村様(モデレーター): 次のテーマは非公開化です。先ほどのデータでも、非公開化がGPからの注目を集め、案件数も金額も増えていることが示されました。村上様、非公開化が増えている中で、野村證券様はいろんな立場でアドバイスをされています。ファンドがスポンサーになるケース、事業会社がスポンサーになるケースなど様々ですが、健全に非公開化が進んでいくための課題、スポンサーに対する課題、上場企業における課題、期待される行動についてお聞かせいただけますでしょうか。
村上様(野村證券): 私はM&A以外の案件をメインで見ていますので、間接的に見ている中での発言とご理解ください。 やはり感じるのは、非公開化の潮流の中で、制度がマーケットの急拡大・急変化にマッチしているのかという問題意識です。制度に完璧なものはありませんが、前提となるコンセンサス(合意形成)と、制度に織り込まれていない部分によって問題となるケースがあるのか、今後も議論が必要だと思います。マーケットの急拡大・急変化の中で、制度を常にアップデートし、健全な市場が機能するエコシステムのための制度を、市場の仲介者として、またステークホルダーの皆様と議論しながら進めていきたいと考えています。
加えて、上場する企業様の、上場することの意味合いに対する理解や考え方が非常にまちまちです。レベル感も全く異なる中で、我々としては企業様に対し、そのレベル感を正しく伝え、合理的にどう進めるべきか、あるいは市場に上場するとはどういうことなのかをもっと正しく伝えることで、非公開化も正しく使われるという良い循環にしていかなければなりません。
非公開化の流れは、その根本的な意味合いを失わないようにする必要があります。私は、これは成長に向けた資金の呼び込みと資金の振り向けという機能の一側面だと考えています。
エコシステムが変化する中で、非公開化が制度によって増えていくこと自体は、市場の機能が効率化されるという意味で良い話だと思います。しかし、それがともすると市場から富を吸い上げるだけになってしまうと、日本全体の競争力という観点から本当に良いのかという問題は、国レベルで出てくる可能性があります。
その観点から、しっかりと成長を示していくことが未上場企業に求められており、我々はそこにサポートしていきます。皆様にも、これまで通りそういった企業を育てていき、非公開化する意味合いがより正しく伝わるようにしていきたいと願っています。
三村様(モデレーター): 非公開化が活発化する中で、制度の見直しが必要であること、上場企業に対して上場企業であることの意味合いをより啓蒙していく必要があること、そしてそもそも非公開化が資本循環においてどのような意味を持つのかを正しく捉えるべきだという、非常にハイレベルなご提言でした。
津田様、またディールをされたお立場として、非公開化の課題、展望、期待値についてお聞かせいただけますでしょうか。
津田様(ロングリーチグループ): 非公開化に関しては、本日お話いただいた様々な改革、そして以前の改革も含めて、非常にポジティブな影響を感じています。
今回の東証さんの市場改革の前に、PE業界にとって最も大きな変化点の一つは、東証さんや金融庁が主導されたコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードが非常に大きな影響を持っていると感じています。
これまでに非公開化を複数手掛けてきましたが、よくある非公開化のパターンとして親子関係上場があります。我々の事例だと、親会社が60%から80%の株式を保有し、対象会社の経営陣は株式保有がほぼゼロ、加えて流動性も極端に薄いため、少数株主が塩漬けの状態で残っているような、「本当に誰のために上場しているのか」という上場意義としてかなり歪な状態の案件が存在します。
この状態は上場会社としてかなり無責任な状態です。親会社は子会社をノンコアと位置づけ、リソース配分やそのそも事業成長をさせようという意識すら薄い場合も多く、一方で対象会社は上場しているため独立性が求められる、という微妙なバランスがあり、親会社と一定の距離を置き独立性を保持します。結果的に経営陣が取締役会も占有する形で、監督と執行の両方を支配し、しかも対象会社の経営陣は自社株をほとんど保有おらず、その他ごく少数の一般株主も株主としての影響力がほぼなく、完全にガバナンスが歪んでしまった企業が存在しています。
過去こういった案件で、対象会社の経営陣が会社を「自分たちのもの」と考えているような状態が多く見られました。我々の実際の案件でも、親会社や対象会社の経営陣と一緒に非公開化のアナウンスをする直前に、対象会社の経営陣の一人が突然アクティビストを連れてご自分でMBOを提案し、案件が停滞するということがありました。結局、真摯な提案は出なかったため、当社は非公開化に踏み切ったのですが、その後も真摯な提案はないものの予告TOB的なプレスリリースで横槍を入れられるといったことなどがありました。
しかし、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを始めとして、東証さんや金融庁が主導して行ってきた改革のおかげで、この5年間で、こうした意識は大きく変わってきました。現在、PEは、親子上場解消を含めた、上場・非上場を問わず、経営及び資本の様々な問題解決のソリューション、資金の出し手、流動化の引き受け先の一つとして、親会社や大株主、対象会社の経営陣からかなり認められるようになり、PEファンドの活用が加速度的に推進されたと感じております。また特に最近の改革では上場市場でも株主としての機関投資家側のエンゲージメントも高まってきており、良い循環になってきていると思います。
もう一点、今回の東証さんのグロース市場の改革による変化を感じるのは、ソーシング(案件発掘)の際、グロース市場を目指す企業と接する場面です。
我々ミッドキャップのファンドが、成長している中小企業の創業者と話をする時、IPOを目指すかPEファンドを活用するか、という2択になることが多いです。
そのような案件において、「IPOはまだ早い」と誰もが感じるようなケースが数多くあります。2-3年で急成長したばかりで、成長基盤や組織ができていない時期からIPOを目指し始め、なぜか途中からIPOが最終ゴールのように捉えられるケースです。結局そういった会社はIPO準備を途中で中断したり、コストだけかかってIPOできなかったり、IPOしてもその後成長が続かなかったりするケースも散見されます。それでも以前は圧倒的多数の創業者の方々がIPOを選んでおりました。
今年の5月にグロース市場から非公開化した案件も、まさにその典型例で、2022年に上場したものの、やはり少し早すぎたケースで、創業者も上場後、成長の基盤がまだ足りないと感じ、3年後に再び非公開化することになりました。
今回の上場維持基準の話が出てきている中で、成長企業の創業者の方々からは「本当に必要なのはIPOではないのではないか、まだ早すぎるのではないか」という意識がだんだん出てきており、何のためにIPOをやるのか、IPO以外の最適なソリューションは何かといったことをきちんと議論できる環境変化が起こっております。これは対象企業にとっても資本市場にとっても非常に良いことだと感じています。
三村様(モデレーター): ありがとうございます。ガバナンスの構造的な歪みを解消する上でPEファンドが役立つというご意見、一方で制度的にはTOBにどう対処するか、スポンサーとしてどう行動すべきかといった課題があるのですね。こうした問題意識を市場参加者として深めていければと思います。
池田様(東京証券取引所): 津田様のお話は非常に重要なインプットだと思います。親子上場については、投資家の関心度が非常に高いです。なぜ親子上場という形態をとるのか、という本質的な問いかけがあります。
投資家からは、親会社としてなぜその子会社を上場させるのが良いのか、あるいは子会社は何のために上場しているのか、という問いかけが改めて厳しくなってきています。
日本では親子上場を禁止していませんし、もちろん、必ず非公開化すべきという話ではありませんが、投資家に対してどのように説明し、どのように対応していくのかがないと、先ほどのアクティビストの話のように、投資家の目線は厳しくなってくるでしょう。
三村様(モデレーター): ありがとうございます。
討議③
PEファンドに期待される役割について

三村様(モデレーター): 最後に、登壇者の皆様から、本日議論した内容も含め、証券市場の状況や環境において、PEファンドにどのようなことを期待するか、お聞かせいただけますでしょうか。
池田様(東京証券取引所): 同じマーケットにいる立場として、ファンドの皆様が企業の中長期的な企業価値向上を支援していただくことを期待しています。そういった形で協業させていただければ嬉しいです。
田島様(日本ベンチャーキャピタル協会): VCとPEがより密接に連携していくことが、大きなスタートアップを生み出す上で極めて重要だと思います。
VCは不確実な部分にリスクテイクしながら「高さ」を出していく役割を担いますが、PEファンドさんにもぜひ入っていただき、一緒にやっていけるのが一番良いです。
具体例として、私がジェネシア・ベンチャーズで初めて投資したHR Brainという会社の話があります。そのファーストファイナンスでリード投資家として投資し、最終的にEQTパートナーズ・ジャパンさんに我々の持ち分を売却させていただきました。
その際、HR Brainの社長の堀さんから面白い話を聞きました。堀さんは様々なPEファンドと話をしたそうですが、EQTさんはチームの価値やプロダクトの価値を非常に高く評価して話をしてくれたそうです。
他のPEファンドは過去の実績やプロジェクションの蓋然性(確実性)に注目しがちだったのに対し、EQTさんは将来の可能性を牽引するような要素に目を向けてくれたことが決め手になったとのことでした。
冒頭で不確実性やリスクテイクの重要性をお話ししましたが、PL・BS・キャッシュフローといった後発的な指標だけでなく、事業のポテンシャルや起業家の魅力などもぜひしっかり見ていただき、リスクテイクしていただければ、より密接に連携できるのではないかと思います。
村上様(野村證券): 先ほどまでお話しした内容と重なりますが、まず全体として、このエコシステムが変化する中で、皆様と一緒に経済的にも持続的にも循環していく流れを加速し、日本全体を活性化することに繋げたいと考えています。
VCとPEが果たす役割にはオーバーラップする部分がありますが、より大きな企業やレイトステージのタイミングでは、PEが果たす役割が大きいです。海外でも実際そのような形になっています。
足元では多くの案件がありますが、それらがグロース市場のさらなる加速に繋がる中で、VCの方々も大きな資金を有しており、取れるリスクの形態も、求めるリターンも異なります。
エコシステム全体の新たな成長ステージや加速において、我々としても上場企業をしっかりとサポートし、より大きく、より競争力があり、成長していける会社を増やしていきたいと考えておりますので、引き続き皆様と協業させていただければと思います。
津田様(ロングリーチグループ): PEを実務としてやってきた立場からすると、昔はクローズドファンドで、自社のLP投資家のために投資ビジネスを行っていたという感覚がありましたが、ここ10年間、特に過去5年間でPE業界が大きく発展していく中で、我々がいわゆる未公開株の流動性マーケットや資金調達のマーケットの一部を構成しているという側面が強くなってきていると感じています。
従って、PEビジネスというよりも、未公開株の市場を形成しているという意味で、セカンダリー(未上場企業向け)のマーケットとして考えれば、まだまだ裾野の広い業界だと思います。
また、VCさんがアーリーステージで投資したところに、PEファンドが流動先として入り、企業成長を支援した後に、最終的に上場をさせるケース や、プライム市場で上場の意義を失った会社をPEで受け入れるケースなど、上場・未上場に関わらず、大きなマーケットの流動性を生み出していく役割の一端を担っていると考えていますし、今後更にそうあるべきだと考えています。
三村様(モデレーター): 皆様、ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。企業の誕生から成長の過程、あるいは踊り場を迎え再成長を目指す時など、それぞれの特性に応じた資本のあり方が存在し、それがよりクロスオーバーラップし、シームレスに日本の資本市場に様々なサービスが提供できることを期待します。野村さんも力強くサポートしてくださり、東証さんも市場を統括される立場で「こうあるべきではないか」「そうすればもっと投資家が増える」という議論をさせていただければ、市場や案件が大きく成長していけると感じました。
本日はご登壇いただき、ありがとうございました。質問を受け付けたかったのですが、予定時間を6分ほど過ぎておりますので、これで終了とさせていただきます。何かあれば協会の事務局にお問い合わせいただければと思います。本日はどうもありがとうございました。

