2023年度 JPEAアウォード 受賞案件インタビュー「ESG賞」 | JPEA(一般社団法人 日本プライベート・エクイティ協会)
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2023年度 JPEAアウォード 受賞案件インタビュー「ESG賞」

KKRジャパン

マネージング・ディレクター

中村正樹氏

武州製薬

代表取締役社長

最高経営責任者

髙野忠雄氏

 

案件概要

対象会社武州製薬株式会社
スポンサーKKR
売り手BPEA EQT
案件発表(年月)2022年12月
事業概要医薬品や治験薬の受託製造を担う専業CDMO(医薬品開発製造受託機関)
業績推移売上372億円(2024/3月期)
主な価値創造設備投資の加速および注射剤の充填領域における新規投資の実行
KKRのグローバルなバイオテック・製薬分野におけるネットワークを活用して、顧客開拓を支援
全従業員オーナーシップ制度『Bushu Employee Ownership Program (BEOP)』の導入による従業員エンゲージメントの向上支援
会社規模拡大及びグローバル展開にあわせたERP統合のためのSAP Hanaの導入支援

ライフサイエンスとインフラの視点で経営をサポート」の潜在力に着目

―― 武州製薬の事業内容を教えて下さい。

髙野「武州製薬は医薬品受託製造の専門企業です。一言で医薬品と言っても関連する事業は幅広く、製造の他に包装や保管管理、医療機器の修理業、卸売販売業なども手掛けています。

 会社の設立は1998年で、塩野義製薬が受託製造部門をスピンオフする形でスタートしました。その後、親会社の方針転換に伴い2010年にPEファンドの傘下に入り、以降は複数ファンドのもとで成長を続けてきました。KKRはPEファンドとしては3社目のスポンサーです」

 

 

―― これまでに複数のファンドのスポンサーを経験していますが、KKRのサポートにはどのような特徴があると感じますか。

髙野「KKRは社内にライフサイエンスに特化した部門を持っているため、当初から医薬品の受託製造事業に対する理解がありました。さらにユニークなのは、中村さんを中心としたライフサイエンス部門に加えて、インフラストラクチャー部門が当社の経営に関わっていることです。

 医薬品事業は投資してから利益が出るまでに早くても3~5年かかります。KKRがスポンサーになってからは、医薬品の視点ではライフサイエンスチーム、長期的なビジネスの視点ではインフラチームとディスカッションができる、非常に面白い関係が作れていると感じます」

―― KKRは2022年12月に武州製薬への投資を発表しました。同社のどこに着目したのでしょうか。イントを教えてください。

中村「髙野さんがお話されたライフサイエンスとインフラの視点、それぞれでポイントがあります。

 ライフサイエンスの視点では、いま国内外の製薬企業は最も付加価値が高いR&Dにリソースを集中させて、比較的付加価値が低いと見なされている製造や販売はアウトソースする動きが拡大しています。この流れを踏まえると、武州製薬は国内の医薬品製造受託企業ではトップの地位にあり、非常に魅力的でした。

 他には医薬品製造受託事業に特有の「スティッキネス(粘着性)」も挙げられます。医薬品は一度製造を委託すると許認可等の問題からすぐに委託先を切り替えることが難しい特性があり、これが事業の安定性につながります。

 インフラの視点では、KKRはインフラの定義をエネルギー施設や空港、鉄道、道路といった狭義のインフラに限定せず、社会貢献度が高い資産という広い意味で捉えていて、武州製薬もその対象でした。また、医薬品製造事業は投資を行い、設備が稼働し、キャッシュフローを生み出すまでに時間がかかり、その間もしっかりと実物資産に投資を続けることが必要ですから、投資サイクルの点でもインフラとの親和性がありました」

後回しになりがちな設備投資を敢行し、成長の土台に

―― ライフサイエンスとインフラの知見に基づき、KKRは武州製薬とどのような取り組みを実行してきたのですか。

中村「武州製薬はこれまでファンドスポンサーが続いてきたのですが、PEファンドは事業からのキャッシュフロー創出を重視するあまり設備投資の優先順位が下がりがちです。実際、同社も過去10年以上ファンドの傘下にあった間、大規模な設備修繕やリノベーションを実施する必要があったにもかかわらず、先延ばしになっていました。

 しかし、インフラ投資の視点ではむしろハードアセットのクオリティを向上させることが重要ですから、まずはそこから手を付けることにしました」

髙野「最初にこの話をされた時は、正直に言えば『厳しい提案だな』と感じましたね。私たちはすでに少額ずつ長期スパンでの設備投資を検討していて、KKRの提案はその計画の時間軸を一気に圧縮し、設備投資を前倒しすることになるためです。

 ただ、振り返ってみると最初に設備投資から始めたのは正解でした。計画を前倒ししたことで製造のキャパシティを早期に確保できるようになりましたし、製造機械の更新で作業効率も向上しました。最初から効果が大きい提案をしていただいたと思います」

中村「一方で、ライフサイエンスの観点でも成長を加速させる必要があります。そこでフォーカスしているのが注射剤の製造です。従来武州製薬ではタブレットやカプセルなど経口剤の製造を中心に受託してきましたが、需要が高い抗がん剤や新薬は注射剤が中心です。さらなる成長には注射剤のキャパシティ確保が必須になるとの考えから、KKRが投資を開始した翌月の取締役会で決議し、現在3年間の計画を立てて注射剤製造の体制を整えています。

 これが完了すれば、工場への設備投資によって製造の土台が整い、かつ、成長投資としての注射剤製造事業が立ち上がりますから、武州製薬は新たなステージに入ります」

ファンドリターン連動型のインセンティブを従業員に付与

―― 今回のJPEAアウォードは、武州製薬への「従業員オーナーシップ・プログラム」の導入が評価されての受賞となります。このプログラムの概要を教えてください。

中村「『従業員オーナーシップ・プログラム』は、KKRが2011年に米国で始めた制度です。当時からPEファンドの投資先では一定以上の役職者にストックオプション等のインセンティブを与えることは一般的でしたが、これではファンドの投資リターンは一部の従業員にしか還元できません。米国で年々所得格差が拡大していく中で、この構造的な問題をどうすれば解決できるかを検討した結果、全従業員にオーナーシップを付与するのが一番の近道ではないかという結論に至り、プログラムをスタートしました。

 このプログラムでは、従業員に擬似的なオーナーシップを付与します。『擬似的』なので普通株のような議決権はありませんが、エグジット時にファンドの投資リターンに連動したリターンを還元することで、従業員は経済的なインセンティブを得られる仕組みです。

 武州製薬の場合、事業計画を達成して企業価値が一定の水準まで上昇すれば、平均で月給6カ月分のリターンをすべての従業員に還元します。もしも事業計画を下回ってしまうとリターンは減少しますが、逆にリターンの上限は設けていません。つまり、アップサイドを実現するほど経済的なリターンが得られますし、事業計画を達成できなかったとしても、従業員が負うリスクはゼロです」

髙野 「武州製薬の事業は、直接雇用だけでなく業務委託や特定派遣の方々にも活躍してもらうことで成り立っています。そのため、正社員に限定せず武州製薬に貢献してくれたすべての方々にフレキシビリティをもってオーナーシップを付与し得るというのもこのプログラムの特徴です」

中村 「その意味では、今後武州製薬に入社される方も対象になります。武州製薬に長く貢献している方々と、今後新しく入ってくる方々の全員を対象にした、本当の意味で包括的なプログラムです」

―― 従業員オーナーシップ・プログラムに対する従業員の反応はいかがですか。

髙野「制度を導入する際に川越工場(埼玉県川越市)・美里工場(埼玉県美里町)・会津工場(福島県会津若松市)で同時に全社員を集め、各拠点をオンラインで繋ぎKKRと一緒に全社員にプログラムの内容を説明する機会を設けました。Bushu Employee Ownership Program (BEOP)というプログラム名で『BE an Owner』をテーマに全員が同じオリジナルTシャツを着て一体感を醸成する目的です。また、導入後には、理解度サーベイも実施しました。ここでプログラムにポジティブな評価をした約7割の社員については、モチベーションの向上やリテンションにもつながっていると思います。

 しかし、約3割の社員からは『よくわからなかった』とか『あまり魅力を感じない』といった回答がありました。この結果については、説明を続けることが大切だと感じますし、今後どのようにモチベーションが向上していくのかを分析することも重要なので、社員とのミーティングやサーベイを継続していきます」

エグジット後も持続可能な制度を目指す

―― 従業員オーナーシップ・プログラムには、制度と引き換えに従業員に低賃金を強いる可能性や、エグジット後も従業員のモチベーションを維持できるかという指摘もあります。

中村「まず、このプログラムは既存の従業員報酬や福利厚生を置き換えるものではありません。武州製薬では労働組合ともしっかりお話をされて賃上げを実現しており、それを大前提に追加的なインセンティブとして実施しています。

 エグジット後のモチベーション維持については、私たちの次のオーナーの方々にもこの制度の重要性を理解してもらうなど、社会的な動きにしていくことが大切です。海外ではKKRのメンバーが立ち上げた『Ownership Works(OW)』というNPOが世界中のGPやLPに向けて普及活動を行っています。このNPOに日本で唯一加盟しているゆうちょ銀行が、日本でのプログラム普及を後押しして下さっていることは非常に大きな影響があると感じています。

 現在、米国ではKKR以外にも多くのPEファンドがOWに参画することで、スポンサーが変わってもオーナーシップ・プログラムを続けられる土台が整ってきています。日本がこの段階になるにはまだ時間が必要ですが、今回のJPEAアウォードの受賞で他のGPやLPにも関心を持っていただくことにより、このプログラムが一層持続可能なものになっていくのではないでしょうか」

髙野 「医薬品製造事業は、従業員が業務への意欲を高めていく過程で多くの社会的なバリューを生み出します。私は、このプログラムはエグジットでリターンを得たらそこで終わりではなく、プログラムを通じて従業員エンゲージメントを積み重ねていく間に、武州製薬が社会に果たす役割も大きくしていかなければならないと考えています。

 従って、エグジット後も従業員が社会貢献を続けていくことがこのプログラムのゴールであり、医薬品製造を手掛ける私たちだからこそできることも多いと思っています」

―― オーナーシップ・プログラムの他に特色のある取り組みがあれば教えて下さい。

髙野「新たに導入した制度として『従業員選択型福利厚生プログラム』があります。これは従業員が主体となって、働きやすさを向上させるためのアイデアを出してもらい、実現に必要な資金を一定の範囲で会社が支援するというもので、今年は食堂のリノベーションを実施することが決まっています」

中村「私たちは従業員オーナーシップと従業員エンゲージメントが両輪の関係にあると思っています。オーナーシップのリターン実現には時間がかかるので、実感がわかない社員が一定数存在するのは当然のことです。

 一方で従業員のエンゲージメントをどう高めていくかに関しては、従業員が『何をするか』を主体的に選び、それを『自ら実現していく』ことが大切です。今回は食堂の環境改善でしたが、継続的に自分たちの働き方や職場を快適にできる方法を考え、実現してもらうことで会社へのエンゲージメントを高めていきます」

成長志向への発想転換でさらなる成長を目指す

―― 投資期間を振り返り、武州製薬にどのような変化が生まれたと考えていますか。

中村「武州製薬のビジネスは受託型ですから、従業員の方々の間にもある種受け身の部分がありました。そうした中、髙野社長とは『今までとは違う、自らプロアクティブに付加価値を提案していくビジネスを作っていきましょう』という話を常にしてきました。これを実現するには、従業員一人ひとりのモチベーションはもちろん、会社や事業に対する愛情のようなものが必要なのですが、それが少しずつ高まってきていると感じます。

 また、PEファンドの傘下に入ると、コストを圧縮して利益を絞り出そうとする『縮小均衡的』な発想に陥りがちですが、そこから『どうやって成長を実現するか』という成長志向の発想への変化が生まれています。その結果、業績も非常に好調です」

髙野「KKRがスポンサーになってから、社内に『上手に投資をしない限り成長が難しい』という考え方が広がってきました。

 これまではどちらかと言えばコストカットの方針だったので、最初は『投資を進めてください』と言われても従業員はお金の使い方がよくわからなかったのですが、今では1つひとつを自分たちで考えて、『これは今投資した方が良い』『投資するならこうだろう』といったように、少しずつやり方がわかってきました。これが変化を生んでいる要因だと思います」

―― 武州製薬は、KKRと一緒に今後どのような企業を目指していくのでしょうか。

髙野「昨今、医薬品業界では多くの企業がアウトソーシングを志向しているので、その動きをいち早くキャッチすることが重要です。私たちのビジネスは先行投資型ですが、事業の特徴として最終的に投資額を委託元に負担してもらうことができますから、この点もうまく生かしながら、顧客の考えやニーズを捉えて受託を増やしていきます。

 また、従来は顧客に対して『それはできません』と返していた案件でも、『できるか検討してみます』とか『こうすればできます』と返せるように従業員の思考が変わってきているので、承認薬の受託製造という『受け』のビジネスに加え、治験薬の製造受託など『攻め』のビジネスについても拡大を図っていきます」

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