はじめに
株式会社日本産業推進機構(以下、「NSSK」といいます)は、2021年から毎年ESGレポートを発行しています。このレポートの発行は、NSSKグループの経営者、社員一同(投資先企業を含む)がESGに対する取り組みや考え方を広く発信したいという願いから始まりました。NSSKは創業当初からESGの基本方針を掲げ、ミッションの大事な一部としてESGの重要性に気付いていた先駆的な存在だと評価いただいております。ESGレポートは、投資先企業との連携を通じて、投資家やステークホルダーに対してNSSKが実施してきたさまざまな活動や取り組みの成果を示す貴重なツールとして位置づけられています。
ESGレポートの意義
近年、国内のPEファンドでもESG要素の重要性が高まり、投資家からの要請や社会的責任の観点から、ESGを考慮した投資活動が求められるようになりました。かつてはバイアウトファンドでは財務情報の開示が主とされてきましたが、現在では、投資家が企業のESG取り組みを重視し、それを投資判断の一要素とする傾向が強まっています。ESGレポートは、決算報告書などの財務情報開示とは異なり、一般的には法的に義務づけられた書類ではありません。しかし、企業が積極的にESGへの取り組みを開示することで、投資家や他のステークホルダーに対して真剣にESGに取り組んでいる姿勢とその結果を示す重要な手段となります。国内の多くのプライベートエクイティファームもESGに関するさまざまな取り組みを行っていると考えられるため、是非ともESGレポートの発行を検討し、PEファームがESGを通じて社会貢献していることを広く知らせていただきたいと思います。
作成における具体的なプロセス
一部のグローバルファームでは、ESG専任チームや独立したコミッティが設置されているケースもありますが、NSSKのESG委員会メンバーは、代表津坂を議長として、投資チーム、IRチーム、管理・ビジネスサポートチームの各部門のメンバーで構成されています。さらにESG推進のために重要なポジションとして、チーフコーポレートフィロソフィーオフィサーとESG監査役を任命し、ESG委員会メンバーとの協力体制を整えています。チーフコーポレートフィロソフィーオフィサーは、ESGに関する方針や価値観を策定し、組織全体のESG戦略をリードする重要な役割を果たしています。また、ESG監査役は、NSSKのESG活動と報告の透明性と正確性を確保するための監査を担当しています。ESG監査役は独立した立場から、NSSKのESGレポートの品質向上とESGのベストプラクティスの遵守を推進し、投資家やステークホルダーの信頼を維持する役割を果たしています。
ESG委員会メンバーは各自の専門知識と経験を活かし、ESG戦略の策定と実行に関与しています。この多様なバックグラウンドを持つメンバーが一丸となり、月次のESG委員会を通じて、ESGレポートのコンテンツやレイアウトなどの細部について協議し、数カ月をかけ準備を進めています。彼らの統合されたアプローチと協力により、NSSKはESGレポートの品質と内容の向上に取り組むことができております。
ESGレポートの制作においては、制作会社の選定も重要なポイントです。表紙や各項目の扉のデザイン案を提案してもらったり、集合写真の撮影を依頼したりするなど、プロフェッショナルな制作会社の協力を受けながら、魅力的なレポートを作り上げる努力を重ねています。
コンテンツの中でも特に重要なのは、投資先企業からの事例やベストプラクティスの情報、データの収集です。NSSKの場合、投資先企業は日常的にESGの取り組みを推進しているため、各投資先からさまざまな事例を提供してもらうことができます。また、投資先企業の経営者や従業員にもご協力いただき、ESG関連の実績についてコメントやインタビューを掲載しています。例えば、2021年のESGレポートでは、投資先の水族館を運営する株式会社伊勢夫婦岩パラダイスの水族館副部長から、女性のキャリアアップに関する実体験についてコメントをいただきました。また、2022-2023年のESGレポートでは、日本語学校を運営する株式会社ISIのCOOから、多様性を重視した経営戦略についてインタビューを実施しました、また、ESGレポートでは、投資先企業で設定したESGのKPI、それに向けた進捗状況、具体的取り組みやアクションプラン、具体的進捗データについても報告しております。このように、NSSKのESGレポートは、投資先企業の協力を得ながら作成しています。
ESGレポートの効果
ESGレポートの効果としては、投資家や他のステークホルダーに対してNSSKのESG取り組みを報告し、真剣に取り組んでいることについて一定の理解を得ることができます。さらに、投資家との対話を深めるための重要なツールとしても機能しています。そして何よりも重要なのは、投資先企業の経営者のESGへの意識を高める効果です。NSSKはバイアウトファンドの運営を行っていますが、投資先の多くはSmall & Midサイズの企業であり、投資実行時はESG意識がまだまだ浸透していない企業も存在します。しかし、ESGレポートを通じて、投資先企業との対話やESGKPIの設定を通じて、投資先企業から積極的にESGの提案を受けるようになりました。また、先述のように、ESGレポートに事例やインタビューを掲載することで、投資先企業の経営陣のESG意識をさらに高めることができていると考えています。
PEファンドにおけるESG開示の課題
今後、投資家からのESG関連情報の開示要請はますます増加すると考えられますが、その課題の一つとして、データの不足が挙げられます。PEファームや投資先企業のリソースが限られているため、正確なデータの収集が容易ではないのが現状です。開示に際しては、データの比較や分析が重要なポイントとなります。PEファームはガバナンスの分野においては、投資後の業務改善を通じて改善を推進していると考えられますが、定量的な進捗管理が必要な項目については、投資先企業にも負担がかかるところです。特に脱炭素化に関しては、ここ数年でCO2排出量管理システムの開発が進んでおり、これらを導入することでCO2の算定を容易に行えるようになることが期待されます。また、ダイバーシティについては、本年5月に協会で実施しましたように、女性従業員、女性管理職、女性取締役の割合を把握し、改善に取り組んでいければと思います。
また、インパクト投資の分野においてもPEファンドの貢献が期待できると思います。NSSKでは「インパクト投資の運用原則」への署名を行っておりますが、インパクト投資の指標としてHIPSO(Harmonized Index for Private Sector Operations)というものがあります。HIPSOは世界28か国の国際金融機関がインパクト投資の発展に向け共同で開発した指標になります。HIPSOのような明確な共通指標を採用することで、何がより大きなインパクトを生み出すのか知ることができ、投資の意思決定に有益な比較可能なインパクトのデータを増やすことにより、そのインパクトを把握し、開示の透明性を向上させることができると期待します。
今後、日本企業がESG情報開示の質を向上させるためには、自社が特定したマテリアリティについて、その重要性や取り組みを管理するための目標やKPIが設定されていることを再評価する必要があります。ESG情報開示の価値は、企業が透明性を確保し、説明責任を果たすことであり、ステークホルダーとのエンゲージメントを通じて、開示した情報に対してステークホルダーの期待にどれだけ応えられるかを確認することが重要と考えます。
おわりに
今回ESG Annualレポートに関するコラムの執筆の機会をいただき、光栄に思います。日本においては、大手上場企業を中心にESG開示が義務化される方向に進んでいますが、PEファンドにおいては一定のESG取り組みが進んでいる一方で、レポーティングなどの「下流」の課題が存在しています。他のPEファンドのGPの皆様方においても、NSSKでの取り組みを参考にしていただき、今後ESGレポートの作成を検討していただければ幸いです。
以上
著者プロフィール 松田 清美(まつだきよみ)
株式会社日本産業推進機構
ファイナンス ディレクター
ESG委員会リーダー
松田 清美