2021年度 JPEAアウォード受賞案件インタビュー認知症があってもQuality of Life推進賞 | JPEA(一般社団法人 日本プライベート・エクイティ協会)
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2021年度 JPEAアウォード
受賞案件インタビュー
認知症があってもQuality of Life推進賞

株式会社プラティア

創業者・前代表取締役社長

田中徳彦氏

J-STAR株式会社

パートナー

荒川暁氏

J-STAR株式会社

プリンシパル

中嶋将良氏

案件概要

対象会社 株式会社プラティア
スポンサー J-STAR株式会社
売り手 オーナー社長(創業者)
案件発表 2016年1月
資本移動先
2022年3月 株式会社ニチイ学館
事業概要 認知症対応型共同生活介護(グループホーム)等の運営
業績推移 2015年2月期:売上高988百万円
2021年9月期:売上高2,446百万円
主な価値創造 ・追加買収による規模の経済性(間接コスト)とシナジーの発現
・経営人材の外部招聘と次世代経営体制への移行
・施設稼働率の安定化に向けた営業プロセスの標準化とインセンティブの設定
・就業人材確保に向けた技能実習生の採用と教育ツールの整備

創業されてから、会社の承継を検討されるまでの経緯を教えてください

田中:少子高齢化や核家族化が進んでゆく日本において2000年に創設された介護保険制度では営利法人の参入が可能となり、介護ビジネスに魅力を感じました。特に、当社の主力事業であるグループホームについては、福祉先進国スウェーデンでの成果を受けて日本でも導入された認知症ケアの専門施設で、少人数でのユニットケアという先進性がありました。当時はまだそれほど普及していませんでしたが、認知症介護の家族負担の大きさなどを考えると、これから拡大していく市場だと思いました。当時私は事務用品の製造業を経営しており、まったくの畑違いの業界ということで不安もありましたが、自分次第で追いついていけると信じて始めました。2003年、プラティアの設立です。

その後、妻と二人三脚で少しずつ運営施設数を増やしていき、2015年にはグループホーム5か所、その他介護施設4か所、売上で10億円程度の事業規模にまでなっていました。一方で、経営体制が事業規模の拡大に追いついておらず、家族経営の限界も感じ始めていました。認知症高齢者介護という事業の社会的責任を考えると持続可能で安定的な体制構築が課題と認識していましたが、この規模は少し中途半端と言いますか、経営基盤の補強にかかるコストをカバーするにはもう一段の事業拡大が必要であり、なかなか踏み込めずにいました。またこの時点で私はまだ50代でしたが、息子が事業を継ぐ気はまったくないようだったので、事業承継についても少しずつ考えていました。私も妻も60歳までには引退したいな、と。介護保険制度の開始から20年以上が経ち、同じような事業承継の課題は日本中のあちらこちらにあるように思います。

他方で、J-STARがこの領域への投資を検討していた背景はどのようなものでしょうか。荒川さんは当時既に他の介護事業への投資実績もお持ちでしたね。

荒川:介護分野については、2011年に訪問介護の会社に投資したのが最初です。ここでの経験に基づき、次は同じ介護分野でもニッチだが成長するセグメントにターゲットを絞って投資する方針としました。そこで見出した領域の一つが終末期ケアで、2014年に現・日本ホスピスホールディングスに投資をしました。さらにこのホスピス運営のなかで話題になったのが認知症でした。ホスピスにおける看護師さんの専門性が終末期ケアにあったとしても、同時に認知症の介護が必要となる場合これはなかなか難しく、他の入居者様とのバランスを考えてお断りせざるを得ないというケースが実はありました。

認知症介護は難しいのだなと思い、業界をよく調べてみると、福祉の色彩が強いこともあり、社会福祉法人が大半で株式会社による運営は少ない状態でした。またグループホームの特色は、9人単位のユニットを1施設あたり2つまでと厚労省が定める少人数ケアですが、小さな土地でも運営できる一方、それゆえに投資効率の観点で不動産事業者のなかではあまり盛り上がっていませんでした。こうして大手が手掛けにくかったという背景もあり、結果的に小さな事業者が乱立する業界構造でした。

ヘルスケア業界では、増大する社会保障費の観点からは介護保険事業者は大規模化して効率化しろというのが至上命題。小さい事業者を束ねて大きな再編のなかでどんどん集約化されていくという流れがあるので、認知症介護の小規模事業者についてもある程度ロールアップして大規模な同業他社に譲渡するという投資シナリオは成り立つだろうと考えていました。また、認知症ケアは専門性を要するところ、わりと普通の老人ホームでも認知症の方への対応に苦労するケースが増えていたこともあり、大手介護事業者も認知症介護領域を手掛け始めるのでは、という想定もありました。本当にグループホームにM&Aの脚光が当たるかどうかは分からなかったのですが、少ないながらいくつかの先例を見つつ、この領域への投資を具体的に検討し始めました。

そうしたなかで、両者の出会いとなりました。

田中:M&A仲介の会社から事業承継に向けた提案といったお手紙はよく送られてきていました。本当に会社は売れるものなのか、とお付き合いのある銀行に相談したのが具体的な一歩で、ファンドという選択肢もあることを知りました。ですので当初からファンドにこだわっていたということはなく、むしろファンドは利益至上、合理主義が強く、情の経営も大切にしてきた私の経営観と上手く融合するのか不安がありました。

銀行の紹介でJ-STARと会って、ファンドとは実際どういうものなのか、会社を譲渡した場合、そのあとの経営はどうなるのか、色々と話していきました。経営・財務マネジメント体制の構築に長けた優秀なファンドマネージャーの存在、また私自身も継続して経営や体制作りに関わっていける、といった点が大きかったです。そして何より、J-STARの理念“「ステークホルダーが輝くために」― 関わる全ての人々が光り輝くスター(STAR)であるべき”というものが、私の経営信条のひとつである近江商人の「三方よし」の精神とも符合する、とても共感できるものであったことが決め手となりました。

荒川:当社1件だと投資のサイズとしてはちょっと小さくロールアップ・テーマの追求が前提だったのですが、これは田中さんが課題と感じられていた、しっかりとした経営基盤を作りたいけれどそのためにはもう一段規模が必要、というものとも符合しました。追加買収によってもっと規模を大きくしてからの方が次の買い手さんも買いやすい、といった話も当初からしており、同じ目標設定のもとでスタートできたのは良かったですね。

ー 投資後の実際の運営はどうでしたか。

田中:運営方針や理念を理解し、また評価いただいていたのか、基本的には私はじめ経営幹部に任せていただきました。他方で、会社として補強が必要な部分、私の弱い部分については力を貸していただき、良いバランスのなかで共に企業価値の向上、経営体制の構築を行えている実感がありました。荒川さん、中嶋さんは中小企業経営にも知見があり、また経営判断は数字的なものも含めしっかりとした根拠に基づいて行うので、信頼できるパートナーでしたね。私自身も経営者として面白い経験ができ、株式は譲渡しているのに、思った以上にモチベーションが続きました。

荒川:投資後にあらためて分かったのは、田中さんがとにかく素晴らしい方だということ。教育者っぽいところがあるというか、次世代を担うスタッフたちに、社会的な責任の大きいこの事業を続けていくために経営者はどこまで考えるべきか、そうした田中さんの視座をどう承継するのか、真剣です。介護の仕事では人材の定着というのはなかなか難しい課題なのですが、制度的な観点もあり賃金水準がどこにいってもあまり大きくは変わらないなか、「この経営者だったら私はついていこう、大変なことがあっても乗り越えよう」というのが割とある業界だと思います。現場に行くと社長よりもひと回り年上で一癖も二癖もある施設長がいたりするのですが、田中さんとは不思議と会話が噛み合う。介護業界で現場人材のマネジメントができる人というのはそう多くはなく、それも課題だと思うのですが、田中さんの日々の薫陶はそこに挑んでいるようにも思えましたね。

中嶋:田中さんとはファンド投資先の経営者という観点でもやりやすかったですね。先程近江商人のことを仰っていましたが、合理的といえば合理的。筋を通すということをとても重視されますが、逆に筋が通っていたら全く違う考え方でも受け入れるし、ディテールのところは時間が解決するんじゃない、みたいな感じでとても柔軟。また、介護の仕事について志が高い方を採用して教育していっても現場主導すぎる状態だと当然に経営にはならないわけです。例えば施設に空きが出たら埋める、というのは勝手には起こりにくい。現場のモチベーションが高く、良いケアを行えるという前提で、経営上の要諦はリソース管理と営業の徹底というところになるので、厳しい一言が言えるかどうかが重要になってきます。現場からの信頼感がすごいというのもありますが、田中さんは経営者としてこのあたりのバランス感にとても長けていらっしゃる。この業界では、ファンドが計数管理だなんだと言っても全然ウケないと思うんです。そういう意味では、もう引退するって心のなかでは決めていたなかでこれだけ長い時間ご一緒いただけたことには本当に感謝していますし、私たちとしては安心感がありました。

最終的には外部から参画した方が後任の社長になられました。このバトンタッチの過程について教えてください。

荒川:現社長である石野さんですね。石野さんには投資9ヵ月後にCFOとして参画いただきました。プラティアにとって経営基盤作りに向けた最大の先行投資の位置付けです。当時は田中さんの奥様が経理を中心にバックオフィス業務を切り盛りされており、これを早く引き継ぎたい、と仰っていました。石野さんはもともと製造業の経理に従事されていた方ですが、仕事がきめ細かく、総務や人事の仕事においてもルールの整備など含めてテキパキと体制作りを進められました。経理の体制作りの方は半年程度でできてしまって早々に手持ち無沙汰になってきたので、その次は営業に関しても、どこのケアマネさんに何件営業したかとか、どの施設がどれぐらいの稼働率であと何枠あるからこっちの施設を重点的に利用しようとか、そういったことをシステムも使って見える化していきました。追加買収した会社の管理部門の整備も含めて一人何役もの活躍でしたね。中小企業の経営基盤作りにおいては、こういう守備範囲が広くて自分でどんどん動く方が一人入るだけで大きく変わります。

田中:石野さんが入るまでは、財務・経理含めた会社の実態を知っているのは私たち夫婦だけでしたから、外部からこういう専門的な人材を招くというのは、ある意味勇気がいりました。ただ、一歩を踏み出して本当に良かった。

石野さんについては当初から「後継者」という意識はないではなかったですが、そこはじっくりと時間をかけてプラティアの未来について考え、また石野さんにも創業者として何を伝えていくのが良いのか考えました。J-STARのエグジットの3年前ぐらいから具体的に引退を意識しはじめて、石野さんを次の社長に、という思いを持っていましたが、そういうことは社内ではあまり前面には出さずに、子会社の社長を任せたり、少しずつ準備を進めていきました。最終的には参画いただいてから5年の伴走期間を経て社長に就任いただいた形になります。

介護の現場は24時間365日ですから、経営者に休む余裕などなかったわけですが、こうしてようやく妻とゆっくり旅行に行くこともできるようになりました(笑)

当初からテーマとして設定していた規模の拡大については、3件の追加買収も実行されました。

中嶋:そうですね。主に6年の投資期間の前半で、同じように事業承継に悩んでいた3つの会社をループに招き入れました。このほか、グループホーム3棟、介護付有料老人ホーム1棟も新設し、売上規模は当初の10億円から25億円にまで成長しました。投資期間の後半はコロナ禍での運営に経営リソースを優先投入したので、規模拡大は少し減速してしまいましたが、当初から考えていたテーマはきちんと実現できたのではと思います。

 田中:規模の拡大を予定通り行えたのも良かったですが、グループホーム運営会社の追加買収からは学びも多く、様々なシナジー効果が生まれたと思います。そして何より若い経営幹部に、経営者として成長できる機会を設けられたのはありがたかった。追加買収した会社はみな事業承継の課題を抱えていましたから、プラティアでエリアマネージャーを務めていた人材を送り込み、子会社社長業を経験してもらいました。買収した会社に行くと当然プラティアとは社内制度が異なるのですが、どういう工夫があって何でこういう制度になっているのか、ということを学びとり、自分が次に経営のポジションになったときにはどういう工夫ができるのか、ということをひたすら考えさせるわけです。エリアマネージャーを子会社社長として出向させ、修行を積んでまたプラティアに戻ってきたら部長職、といった人事運用もできるようになり、グループ全体として経営人材が育ってきた実感があります。結果として、プラティア自身、そして買収した3社全てについて事業承継が完了し、社会的にも意義のある取り組みになったのではと考えています。

そして最終的には業界最大手・ニチイ学館の傘下に入りました。

荒川:エグジットについては投資時からオープンに田中さんと話してきました。同業大手のみならず、新規事業として介護事業を始めたいという会社でも良いし、逆にそういう位置づけの方が今の組織に任せてもらえるのでは、といった議論もありました。ただ最終的には、介護業界全般が特に人材採用の面で苦しくなっていき、安定感のある大規模事業者というのが世の中的にも認められているなか、田中さんとしても同業者へのエグジットは否定するわけでもなく、J-STARに任せるから、と委ねていただいていました。結果的に業界最大手のニチイ学館さんに高く評価していただき、傘下に入ることになりました。

冒頭でも触れた通り、これはヘルスケア業界の再編・集約化という大きな構造のなかではとても自然な話だと思います。ただ、こういう集約化は必ずしも単に大が小を傘下におさめていく、というわけではなく、いくつかの階層に分かれて起こる、もしくはその方が望ましい側面もあるのではと考えています。大手は効率と運営管理の観点で家族経営の小さな事業者には直接手を出しにくいことに加え、プラティアのような事業は地域に根差した形で運営されており、また先程も話に出た通り、プラティアだからここで仕事をしている、という従業員も多い。小さな事業者にとっては、しっかりと事業運営の基盤を作る、というステップが重要であり、今回のケースでは田中さんとじっくり時間をかけながらそれを実現できたという意味で社会的な役割も果たせたのかな、と考えています。

 田中:業界No.1のニチイ学館の傘下に入れたことにより、経営基盤は盤石になったと思います。事業の運営については、プラティアが培ってきたものとニチイ学館の経営方針との融合・調整が上手く進んでいくものと信じていますし、期待しています。なぜならJ-STARと歩んだ準備期間により、今のプラティアの若き経営幹部にはその能力がすでに備わっているからです。「三方よし、四方よし」、「ステークホルダーが輝くために」が体現されたエグジットだったと思います。

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