第15回『日本のPE投資先の被買収後パフォーマンスに関する実証分析』 | JPEA(一般社団法人 日本プライベート・エクイティ協会)
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第15回『日本のPE投資先の被買収後パフォーマンスに関する実証分析』

ティーキャピタルパートナーズ株式会社
シニアプリンシパル(ファンドレイズ・インベスターリレーションズ担当)飯岡 靖武

1) はじめに

プライベートエクイティ投資(以下、「PE投資」)は、米国では1970年代後半から、また、英国では1980年代半ば頃から企業再編の一手法として活用され始め、主に年金基金といった長期投資家によるオルタナティブ投資の主たる運用対象として市場は今日まで拡大しています。他方で、日本のPE市場は欧米市場比でその歴史は未だ浅く、市場規模は米国の数パーセントという規模感かと思われます。しかしながら近年では、オーナー企業における事業承継問題の深刻化や、上場企業における事業ポートフォリオ再構築といったニーズの高まりを受け、2021年の投資案件数は過去最高を記録するなど市場は急拡大の様相を呈しており、今後もこのトレンドは継続していくと想定されます。このように実務面では着実な発展を遂げている国内PE市場ですが、学術面では、上場企業の非公開化案件のデータを扱った一部の論文等を除いて、PE投資の経済効果(投資メカニズム)を分析した国内研究は極めて限られています。このような課題認識のもと、筆者は、欧米の先行研究の手法を踏襲しつつ、国内に所在する投資先の被買収後パフォーマンスを計測し、PE投資の経済効果の実証を試みました。

2) 欧米の先行研究

PE投資の経済効果の理論として、欧米の先行研究では、①エージェンシーコスト削減仮説、②フリーキャッシュフロー仮説、③価値の移転仮説、④バリューアップ仮説、といった主要な仮説が、Michael C. Jensen、Steven Kaplanといった著名な学者によって提唱されてきました。特に、「エージェンシーコスト削減仮説」は、PEファンドによる買収(オーナーシップ変化)を通じて投資先の経営陣と株主の間に生じるエージェンシーコストが削減され、効率的な経営を通じて企業価値が向上するという仮説であり、一般的にも馴染みのある理論かと考えます。加えて、「バリューアップ仮説」は、特定の産業や企業経営に知見を有するPEファームの投資担当者が、投資先企業へのハンズオン支援を通じて、投資先の事業成長に貢献するという仮説であり、この点については日本の産業界においても高い興味があると拝察します。過去の先行研究では、これらの仮説が統計的に支持されるか否か、分析するサンプルの属性、対象期間、分析手法等に応じて様々な実証結果が報告されていますが、「エージェンシーコスト削減仮説」および「バリューアップ仮説」に関しては、概ね支持する論文が多いと筆者は考えています。

3) 仮説構築

上記を踏まえ、今回の研究で構築した主な仮説は以下のとおりです。

仮説1:PEファンドの投資先は、投資先と類似の特性をもつ企業対比で高い事業成長および利益率を実現している。

仮説2:カーブアウト案件の投資先パフォーマンスは、それ以外の案件タイプの投資先(所有と経営が分離していないオーナー系企業等)対比で優れている。 仮説1は先に述べたPE投資の2つの主要理論について、実際の日本のPE投資先サンプルを分析し実証するものです。仮説2は、もともと所有と経営が分離している上場企業子会社の方が、その他属性の案件よりもPE投資を契機としたエージェンシーコストの解消インパクトが大きく、結果として被買収後のパフォーマンス改善効果が高いと想定されることから、仮説1に加えて実証を試みました

4) リサーチデザイン

分析対象となるPE投資先のデータセットについて、『レコフM&A データベース』および『日本バイアウト市場年鑑』を使用し、2013年3月から2015年4月に実施された計60案件を抽出しました。その後、各投資先の『帝国データ企業情報』に収録された会計数値を取得しました。また、PEファンドによる買収の経済効果(因果効果)を統計的に実証する上では、「PEファンドによって買収された」という事実以外を除いて投資先と類似の特性をもつ企業群(投資先になる蓋然性が高かったが買収されなかったような企業)を選定し分析する必要があります。本研究では、産業とサイズ(売上高)の2つの基準でマッチングを行い、非上場企業60社と、上場企業114社で構成される2つの企業群を選定した上で統計分析を行いました。なお、分析モデルは標準的な最小二乗法による回帰分析を用いており、売上高成長率、当期利益率といったパフォーマンス変数(被説明変数)に加え、先行研究を踏まえた上で適切と思われる説明変数を投入し分析を行いました。モデル式は以下のとおりです。

(モデル式)Performance = α + β1 PE Backed Buyouts + β2 ln Turnover_1 + β3 Profitability_1 + β4 DE Ratio_1 + β5 Company Age + β6 TOPIX + ε

ただし、Performanceは被買収後1期目から3期目までの売上高成長率といった被説明変数、PE Backed BuyoutsはPEファンドの投資先企業を1とするダミー変数、ln Turnover_1は被買収後1期目の売上高の自然対数、Profitability_1は被買収後1期目の当期利益率、DE Ratio_1は被買収後1期目のDEレシオ、Company Ageは被買収時点の業歴年数、TOPIXは被買収時点のTOPIX指数(月末時点)を各々示す。

5) 実証結果

仮説1のPE投資の経済効果に関し、売上高成長率を被説明変数とした場合、PE投資先企業は非上場企業で構成される企業群対比で9.3%程度(統計的に5%水準で有意)、上場企業で構成される企業群対比で6.4%程度(同10%水準)高い売上成長を実現している結果を得ました。また、当期利益率(被買収後3期平均)についても、非上場企業で構成される企業群対比で1.4%程度(同10%水準)高い利益率を計上している結果を得ました。これらの実証結果は、欧米の投資先を分析対象とした先行研究同様、「エージェンシーコスト削減仮説」「バリューアップ仮説」に基づく成長性・収益性の改善といったPE投資の経済効果が、国内企業への投資においても実現されていることを示唆しています。また、仮説2に関して、被説明変数が売上高成長率の場合において、カーブアウト案件の投資先はそれ以外の案件タイプの投資先よりも16%程度高い成長を実現している実証結果を得ました(同5%水準)。所有と経営が明確に分かれているカーブアウト案件は、PE投資によるエージェンシーコスト解消効果が相対的に大きいとする先行研究の実証結果と整合的ですが、当期利益率を被説明変数した場合には有意な結果が得られていない点には留意が必要です。

6) おわりに

今回の研究では、欧米のPE投資先対比で研究されてこなかった、国内のPE投資先の被買収後の長期パフォーマンスを分析し、PE投資が本源的にもつ価値創造機能(経済効果)を実証しました。一方で、国内の非上場企業の会計データを収集するのは容易でなく、分析サンプル数が十分とまではいえないこと、分析案件の対象期間が2年強の短期間に集中していること、使用変数が主要な会計数値に限られていること等には留意が必要です。これらを踏まえ、PE投資のパフォーマンスメカニズムに関する今後の研究蓄積においては、実務家と研究者がより密に連携するとともに、民間調査会社等の支援も得た上で、より精緻な研究に努めていく必要があると考えます。日本企業に対するPE投資の独自のセオリーが導き出されれば、より世界中の実務家・研究者から注目が集まり、日本のPE市場の更なる発展に繋がっていくと筆者は考えています。

なお、今回のオンラインコラムは筆者の研究論文のサマリーとなります。詳細にご興味がありましたら、証券アナリストジャーナル2020年10月号P.83-92『プライベートエクイティファンドの価値創造機能に関する実証分析』をご参照下さい。


著者プロフィール 
飯岡 靖武(いいおか・やすたけ)
ティーキャピタルパートナーズ株式会社 シニアプリンシパル
(ファンドレイズ・インベスターリレーションズ担当)

飯岡 靖武(いいおか やすたけ)
ティーキャピタルパートナーズ株式会社 シニアプリンシパル(ファンドレイズ・インベスターリレーションズ担当)。
東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)にてコーポレートバンキング業務に従事した後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券投資銀行本部に一時転籍し、東京及びロンドンにてエクイティ・キャピタル・マーケット業務に従事。帰国後は、三菱UFJ銀行にて企業調査・アドバイザリー業務に従事。2016年8月より現職。
学習院大学法学部卒業
一橋大学大学院経営管理研究科修了(MBA)

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