2022年正月、「義母と娘のブルース 2022年謹賀新年スペシャル」がTVで放映された。綾瀬はるか演じるコンサルタントである義母が、竹野内豊演じるハゲタカファンドのマネージャーと対決する。竹野内豊は業績が芳しくない企業を安値で買収し、根源的な企業価値を向上させることなく、策を弄して一時的に株価を高騰させ売り抜けることで利益を得ようとする。それに対して綾瀬はるかは、企業の従業員と意を同じくし、企業と共に汗を流して企業を再生・成長させ、両者がWin-Winとなるべきであると主張するのである・・・。
いまだにファンド=ハゲタカという描かれ方をされるのには辟易とするが、近年まで、テレビドラマの影響等もあり、プライベート・エクイティ(PE)ファンドといえばすべからく投資先企業の意向は無視して企業価値を高めることもせず、金融手法により自己の利益のみを追求するハゲタカとの先入観を持たれることが多く、PEファンドに対してアレルギー反応を示す経営者は少なくなかった。
PEファンドの存在価値や社会的意義を世に知らしめることで、こうした誤った先入観を払拭し、日本市場におけるPEの質的および社会的地位の向上を目指して、2005年のPE協会の創業以来、歴代のPE協会長が粉骨砕身されてきたわけであるが、自身も2019年9月日系ファンド運営者としては久々の第八代PE協会長に就任して以来2021年9月任期満了までの2年間、未曽有のコロナ禍という中での協会運営上数々の制約はあったものの、協会の活性化とPEの社会的意義・役割のさらなる啓蒙に向け、微力を出し尽くしたと自負している。すなわち、閉鎖的でなくより開かれた理事会・総会運営を具現し、会員拡大・交流委員会、PR委員会、ナレッジシェアリング委員会の3つの委員会の活動を活発化させつつ、コロナ職域接種や理事会事務局のアウトソーシングといった新しい取り組みが出来たことは一定の成果であった。コロナ禍で理事会がオンライン開催となることで、理事の出席率が飛躍的に上がりこれまで以上に密な議論を交わせたというメリットを十分生かすことが出来たとも思う。無論、こうした成果は協会長経験者の吉沢・山田両副会長をはじめ、各委員会委員長、その他理事の皆様の支えがあったからこそであり、ここにあらためて厚く感謝申し上げたい。
以下、この2年間にやり遂げた成果を中心に振り返ることにしたい。
目次
1) 会員数の拡大
私が協会長に就任した2019年9月時点での会員数は、正会員43社、賛助会員20社であった。協会の永続的運営に向け、会員数の拡大は協会としての根源的課題であったが、会員拡大・交流委員会メンバーにご尽力いただき、2021年9月には正会員46社、賛助会員43社と、大幅な拡大に成功した。会員拡大にあたっては、会員拡大・交流委員会での検討を経て協会側から加入検討を声掛けした先も多かったが、先方からの自発的な入会希望を受けることも少なからずあり、PE協会の活動が世の中に浸透してきていることを肌で感じた。特に賛助会員については、正会員であるファンドGPの事業をサポートする企業からの入会申込みが多数あり、後述の勉強会でも業界・市場・新商品等をテーマとして講師を務めて下さっている。これもPEファンド業界のプレゼンスアップの賜物であろう。
会員拡大による会費収入の増加により、後述の事務局業務のアウトソースも可能となった。今後も更なる協会運営の充実に向けて、会員数の拡大は協会として引き続き取り組むべきテーマであろう。
2) 勉強会の開催
2年間で14回のオンラインでの勉強会を開催した。従前は年1~2回、ホテル等の会場で開催していたが、会長就任後の新型コロナウィルス感染拡大をうけ、対面での勉強会は控えざるを得ず、オンラインでの取り組みに移行することとなった。結果として、従来よりも機動的な運営が可能となり、2020年7月以降は月1回のペースでの開催へと頻度を上げることができた。加えて、参加者も従来の30名前後から70~80名にまで増加する結果となり、コロナ禍ということが逆に活動を促進することとなった。また、テーマも正会員であるPEファンドGPによる成功事例(PEアウォード受賞案件)から、PE事業のサポート企業である賛助会員による実務的勉強会等、幅広くカバーされた。尚、勉強会のアレンジについてはナレッジシェアリング委員会メンバーのご尽力によるところが大きく改めて感謝したい。
3) パフォーマンス・データの作成・公表
協会では、吉沢・山田両協会長時代から、日本におけるPEが投資対象における一つのアセットクラスとしてより認知されることを目的として、投資家により有用な情報を提供していくための取り組み、すなわち、正会員企業を対象としたPEファンドのパフォーマンス・データベース運営の取り組みを継続実施している。2020年には25社(83ファンド)、2021年には27社(88ファンド)に参加頂いてデータを収集し、また2021年には、ホームページでのデータの公開についても、従前のサマリー掲載から、会員へのフィードバックレポートと同様のフルレポート版の掲載に踏み切った。具体的には、ビンテージ毎のパフォーマンス等の詳細まで掲載したのである。結果として、ホームページを見たという方々からは好評の声を頂き、データを参照したレポートも見られるようになってきている。投資家への遡及、認知度や理解度の向上に向けて大きな前進となったのではないかと思う。まだデータの提供に踏み切れていない正会員には、日本のPE市場の発展のため、ぜひとも前向きな検討をお願いしたい。
4) 日本ベンチャーキャピタル協会等との意見交換
協会長として、以下をはじめとして、経済産業省、金融庁等の官公庁との意見交換等を行った。
● 経済産業省主催「株式会社日本政策投資銀行の特定投資業務の在り方に関する検討会」有識者ヒアリングセッションに参加(2019年11月)
● 金融庁、並びに証券取引等監視委員会との意見交換会にて日本PE協会の紹介と日本のプライベート・エクイティ市場について講演(2020年1月、2月)
● 外為法改正に関する財務省、経済産業省との意見交換(2019年12月~2020年5月)理事会での議論、意見集約とパブリックコメント対応
● 自民党「企業等への資本性資金の供給PT」民間ファンドヒアリング(2020年7月)
● 金融庁主催「市場制度ワーキンググループ」参加(2021年1月~)
官公庁の関係部署との適切な関係構築を進め、プライベート・エクイティ事業の発展に資する環境を整えることは協会長として重要な責務であると考え、。
加えて、お互い成り立ちを異にすることからこれまで接点が少なかった日本ベンチャーキャピタル協会会長との定期的な会合を持つこととなり、密な情報交換や官公庁への具申の共同戦線を極力張っていこうという意思統一を図れたことは大きな前進である。
官公庁や日本ベンチャーキャピタル協会等との関係維持については今後ともPE協会としても必要不可欠であり、会長職を離れた後も、理事として必要に応じて対応していきたい。
5) ホームページの刷新・ニュースレターの刊行
プライベート・エクイティ業界の認知度向上、並びに会員向けサービス向上を目指し、ホームページの再構築を実施した。購読者に対する最新情報の配信サービスのほか、パフォーマンス・データの掲載、過去の会員勉強会やメディア懇談会の内容などの一般向け情報発信の強化に加え、正会員向けには勉強会資料ダウンロードや賛助会員の事業紹介など役に立つコンテンツを追加した。また、ビジュアルも改善し、スマートフォンからの閲覧にも対応した。ホームページ刷新には多くの時間・労力を要したが、PR委員会メンバーのご尽力のもと、会員企業の協力も得て、非常に情報量が豊富な有用なホームページとすることが出来た。
また、チャネル拡大の方策として、協会や会員の一年間の活動を取りまとめた「JPEAニュースレター」を刊行し、会員のみならず、支援いただいている関係各位に紙媒体でお届けする取り組みも開始した。
6) コロナ禍における対応(寄附、職域接種)
2020年に、新型コロナウィルス感染症に対するPE業界からの支援活動の一環として、会員による関連団体への寄付活動を推進し、医療従事者や医療現場への支援を始め、その他、経営困難に追い込まれている中小企業や福祉・教育・子供の分野への支援を目的として、日本医師会、日本赤十字社、各都道府県関連団体等へ、総額2,000万円超の寄付を行なった。これらの寄附金が日本経済の回復の一助になれば嬉しく思う。 また、2021年6月には、新型コロナウィルス感染症ワクチンの職域接種につき、当協会をとりまとめ母体とした職域接種実施の申請を行った。会員企業等を対象とした早期の職域接種実現に取り組むことには、会員企業等への支援に加え、日本のワクチン接種率向上を加速するという意味で大きな意義があると判断したものだが、当初の想定とは異なり、国からのワクチン提供が遅延することとなり、長らく会員に不便や心配をおかけすることとなってしまった。最終的には、会員企業の協力も頂きながら、2021年10月までに希望者全員の接種を実現でき、協会長としての責任を果たせたものと安堵した次第である。第三回目ワクチンについても、今後その職域接種の是非につき新協会長の下理事会内で議論されようが、自治体等でのワクチン接種の進捗状況と協会内の要望次第で柔軟に対応していく必要があるであろう
7) PE協会の永続的運営に向けた事務局業務のアウトソース・定款の変更
従前、当協会の事務局は協会長会社が担ってきたが、会員数の増加、活動の活発化に伴い、協会長会社における業務負担増が問題となっていた。また、協会長が代わる度に、すなわち2年ごとに事務局業務の引継ぎが必要となり、引継ぎ期間においては事務局業務が一時的に滞る場面も見られた。今後、当協会が更に活動を活発化させ、かつ、会員企業や理事メンバーが協会の活動に参画しやすくなるプラットフォームを構築するためには、事務局業務のアウトソースが有用であり、足許の会費収入水準に照らし合わせても問題なく賄えるとの判断のもと、半年以上の検討を経て、協会運営のスペシャリストである日本AMC株式会社との間で2021年6月に事務局業務の業務委託契約を締結した。実際、新型コロナウィルス感染症ワクチンの職域接種プロジェクトは、その業務量からいって日本AMCの協力なしにはなし得なかったものであり、このタイミングでアウトソースが実現できていたことが奏功した。また、協会定款も2021年9月に協会長としての最後の仕事として変更した。定款は協会創設時のまま長らく変更されずにいたが、一般社団法人として然るべき内容に修正すべきとの日本AMCのアドバイスを得て整備されたものである。
8) まとめ
振り返れば、新型コロナウィルス感染拡大という、未曽有の災厄の中での協会運営となり、PE協会会員総会を含めて対面での活動がほとんど出来ないままで、かつまだやり残したことは多く、ここで任期を終えたのは非常に残念であったが、時代に即した新しいPE協会の在り方について理事の方々とじっくり語り合い、正会員や賛助会員のためにどういった付加価値が付けられるか、ひいては日本経済のために何ができるかを真摯に考えられたということの達成感は大きい。また、何よりも協会長にしか味わえない醍醐味もあり、自身にとっては非常に貴重な経験ともなった。
この2年間は、会員数も大きく増加し、各委員会活動も軌道に乗った。また、協会としての事務局業務のアウトソースも完了した。今後の協会活動をより一層実りあるものにしていくための、ある意味種蒔きが出来た2年間でもあったとも思う。私の蒔いた種が林新会長のもとでさらに大きく花開いていくことを切に願っている。また、林新会長が新機軸を打ち出し更なるPE協会の発展をリードしてくれることを期待している。
冒頭で述べた「ぎぼむす」(義母と娘のバラード)では、最後には竹野内豊が買収先企業の従業員とともに地に足をつけ、共に汗を流しながら愚直に企業の再生に取り組む姿が描かれた。今後PEファンドがテレビドラマ等で取り上げられる際には、当協会の活動の甲斐あって世の中のPEファンドへの知識・理解が深まり、ハゲタカではなく、日本企業のため、日本経済のために尽力する姿で描かれることを願ってやまない。
著者プロフィール
木村 雄治(きむら・ゆうじ)
ポラリス・キャピタル・グループ株式会社 代表取締役社長
木村 雄治(きむら ゆうじ)
ポラリス・キャピタル・グループ株式会社 代表取締役社長
日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行し、コーポレートファイナンス及び証券業務を担当。興銀証券(現みずほ証券)設立後、社債・株式引受業務を主導。その後、みずほ証券プライベート・エクイティ部長に就任、自己勘定投資業務を立ち上げる。2004年9月ポラリスを創業、代表取締役社長に就任し、現在に至る。2019年9月から2021年9月まで一般社団法人日本プライベート・エクイティ協会会長。2020年4月京都大学大学院客員教授就任。
東京大学教養学部卒業(1985年)
米国ペンシルバニア大学ウォートン校 MBA(1991年)