第9回『PEによる事業承継案件投資の課題~投資前~』 | JPEA(一般社団法人 日本プライベート・エクイティ協会)
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第9回『PEによる事業承継案件投資の課題~投資前~』

株式会社エスネットワークス
執行役員 経営支援第1事業本部本部長兼IPO支援室長
日髙 幹夫

近年、国内においてはPEによる事業承継案件の投資が増加傾向にある。件数的にいえば一見、順調な伸びを示しているようにも見えるが、そもそも潜在的には10万件程度あるといわれている事業承継案件においては、PEが関与するケースはまだまだ少ない。
当社はPE投資先に関するハンズオン支援に注力してから5年程度になるが、近年は各PEからソーシングに関する相談もお受けするようになってきた。今回、協会からオンラインコラム寄稿のお話をいただいたこともあり、テーマとして事業承継案件に取組むうえでの課題などをまとめてみたいと思う。

まず1回目である今回はPEによるソーシング活動を阻害するいくつかのハードルについて述べてみたい。

筆者は日本における中堅中小企業の永続性やバリューアップを実現するうえでPEの存在は必要不可欠だと考えているが、これらを「当たり前」に、実現していくうえで国内においては様々なハードルが存在していると感じている。特に投資先をソーシングする上では以下の問題が存在していると考えている。

1) PEに対するイメージ

日本におけるPEにはやはりいまだに「ハゲタカ」のイメージがつきまとう。債権放棄や瑕疵担保責任による回収、それらを踏まえたうえで投資先への強烈なマネジメント、リストラ、そういったイメージが過度に先行している。当社のようにPEと一緒に投資先に関与するプレーヤーからすればこの「イメージどおり」のPEは存在しないし、むしろ日本においては存在できないとすら思うわけだが、日本の企業の多くを占める中堅中小企業の社長は戦後の高度経済成長、バブル、バブル崩壊を数十年の間で経験しながら自社の経営を持ちこたえさせてきた自負と愛着があるわけで、そういった当事者が上記のイメージを有するPEに自社の経営を任せるかといえばやはりそこには一定の躊躇を感じるのもまた事実であろう。
このハードルを下げていくには事業承継案件の成功事例を着実に積み上げていくこと、個々のPEがそれらを投資家のみならず広く社会に知らしめること、そういったことが必要といえる。
また、事業承継案件にPE投資が有効に機能することもまた併せて訴えかけていく必要がある。帝国データの調べによれば同業で比較すると首都圏の企業と地方の企業では、地方の企業のほうが企業価値が高いとされる。これは地方では既に一定の淘汰が既に目途がついているためといわれているが、それはすなわち、企業(株式)価値が高いことから株式の承継に悩みをかかえ、かつエリアの外(国内のほかの地域や海外進出)にけしかける実行力を社内に保持しえない有力企業が多いことも意味しており、これらの課題を解消するソリューションを提供できるPEの存在は今後ますます重要性が高まってくることだろう。こういったことを効率的、効果的に地方に訴えかけていく必要がある。
今年にはいって早々に日本経済新聞が社説においてPEの社会的必要性を説いていたことも記憶に新しいがその波にのって今回寄稿させていただく日本PE協会や業界全体としての広報活動ということもまた必要かもしれない。

2) ソーシング協力者の不在(または不足)

某M&Aブティックが2012年当時「事業承継元年」と銘打って日本における事業承継案件の増加とそれに連動するM&Aの必要性を説き始めてから5年が経過しようとしている。確かに事業承継に関するM&A件数は増加しているし、金融機関も信託などを活用した事業承継対策提案を強化したりして環境は確実に変わってきていると考えているが、潜在的には10万件超といわれる事業承継ニーズからすればまだまだ氷山の一角、いやそれすらない状況といえよう。このように思ったほどこれらの状況が改善しない理由にはいくつかの事象が考えられる。

 ①税理士(会計士)
政府が開示している事業承継に関する分析情報によれば社外で事業承継を相談する相手先として一番にあがるのが「税理士」である。しかし、相談相手として適切かといわれれば実はそうではないと考えている。理由としては、従来よりオーナーが相談している税理士は主に「法人税」、あるいはオーナー個人を対象とした「所得税」に関する知識に偏重しており、相続対策として必要となる「資産税」に関する見識が低いケースがあること、また、これらの税理士は一般論という前提ではあるが、あくまで税対策しか対応できず、後継者自体に課題を抱える事業者からすれば相談内容に十分に応え得るプレーヤーではないということ、それから従来より関与している税理士からすれば自分の仕事が減ってしまう可能性があるM&Aを誘導するインセンティブがそもそも働かない、ということが考えられる。

 ②金融機関
また、上記の分析資料において相談相手として次に認識されるのが「金融機関」となっているが、金融機関自体が状況によってはステークホルダーとしてそもそも株式を保有しているオーナーの意向を如実に反映したソリューションを提供できないことがあるし、事業承継自体の課題に対する解決策を呈示する知識を現場の銀行員が保有していないということも考えられるだろう。金融機関の現場は短期的な成果主義でもあることから、その観点からも中長期での対策を要する事業承継案件には気おくれしてしまうということもあるかもしれない。ただ、ここについては今年3月から金融庁が各行に要請していている「金融仲介機能のベンチマーク」が効果を発揮する可能性はある。というのも彼らに継続的に開示を要請している選択制のベンチマークの中には「事業承継」「M&A」そして「ファンドの活用件数」という項目が織り込まれているため、これらのベンチマークを選択する金融機関は本腰をいれて取り組んでいく必要があるからである。なお、現時点において既に一定程度の金融機関がベンチマークを開示しているが、地方の有力地銀は特にこれらの項目をピックアップしている模様だ。これらの地銀の活躍に期待したいところである。

 ③M&Aブティック
近年相次いで独立系のM&AブティックがIPOしている。2012年の「事業承継元年」以降、彼らは業種特化だったり、ソーシング手法に特長を有するなどの差はあるが、主に事業承継に関する案件に取り組んできたのはいうまでもない。一般的には彼らは100件のストックで1件程度をクロージングする確率といわれているが現状、最大手でも300~400件のマッチングを年間で実現しているにすぎない。これにはもちろんM&Aが最終的にアレンジできるプレーヤーが限られてしまうというそもそもの構造上の問題に起因するわけだが、潜在的に10万件超あるといわれる事業承継問題、そしてそこに潜む膨大なM&Aニーズからすればその解消を抜本的に図られる業界人員がそもそも不足しているといわざるを得ない。

3) 事業承継案件特有の問題

事業承継案件自体にはソーシングするうえでも特有の問題が存在する。まず1つ目は「中長期」だということだ。つまり、後継者問題に端を発する事業承継の課題については適切な後継者の検討と教育という段階を踏まえる必要があり、そこ自体に相当程度の時間を要するというそもそもの問題がある。いくつかの事業承継案件に関与してきた筆者からすれば、オーナーのこれらの意思決定については「気づきを与え」「候補者を決めさせ」「教育させてみて」にすべて付き合っていく必要がある。金融機関自体もそうだが、効率的なソーシングを意識しなければならないPEとしてはこの時間的ギャップに相当悩ませられる可能性が高いということになる。2つ目は事業承継問題を抱えるいわゆるオーナー企業自体の運営面、財務面での課題としてガバナンスが効かず、オーナーの感覚的経営に依存する傾向とオーナーと会社との適切でない取引の存在(一部の私物化)ということがあげられる。世に出ている事業承継関連の書籍ではこれらの解消を一般に「磨き上げ」というが、この「磨き上げ」に時間がかかるということがある。悪い表現にも捉えられそうだが、これまで経営してきたオーナーにとっては私財も相当程度会社につぎ込んできたわけでもあり、それらの投資のリターンを一定程度求めてしまう感情は完全に否定できるものでもない。だが、これがこと事業承継という課題に直面すると「さて、どうしようか」ということになってしまうわけである。このことは、買収候補者に適切な情報を開示することに対する抵抗を生むし、結果としてここを突っ込まれて価格や条件等に悪い影響がでることを懸念してしまうことは現実的にはありえるのだろう。

4) プロセスやストラクチャーに絡む問題

一般的なPEは基本的にストラクチャーとして最初から完全なマジョリティの確保を望むし、EXITにおいては資金を調達している投資家への説明責任上公正、公平な売却プロセスを踏まざるを得ない。一方で事業承継問題を抱えるオーナーからすればいきなり多大なポーションを獲られてしまうことに対する抵抗感や、最終的に買い戻す権利もほしいと考えてしまう。これまでほぼ自分一人の意思決定で、それなりの規模に成長させてきた自負を持っているオーナーからすれば事業承継問題でつまずいてしまうことも避けたいと思うことは当然のことであろう。この「感覚の差」がPEによる事業承継案件への投資活動にとって障害となっているケースは実は意外に多いのではないかと考えている。

上記のように事業承継問題においてもPEの社会的必要性、存在意義は高いものの、それらを阻む課題が存在していることもまた事実である。当社としては上記のソーシング協力者の不在という課題に対して中長期的にオーナーの税務対策等にも配慮しながら双方にとっての落としどころを探り解消していくプレーヤーとして機能していければと考えている。

次回は、実際に事業承継案件を進めていくうえで通常の投資案件と比較し問題となる事象をまとめてみたいと思う。


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『PEによる事業承継案件投資の課題』のコラムは計3回の連載となります。

著者プロフィール 日髙 幹夫(ひだか・みきお)

株式会社エスネットワークス/執行役員 経営支援第1事業本部本部長兼IPO支援室長
第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て、公認会計士2次試験合格後、株式会社エスネットワークス入社。
入社後は、各種管理体制整備(各種業務フロー整備、原価計算制度構築等)、会計システム構築、新事業立上げ、M&Aにおける各種手続実行(デューデリジェンス、バリュエーション、エグゼキューション)、PMI、各種資金調達(デット/エクイティ)、IPO(株式公開)実務、経営計画策定、再生計画策定等多数の案件に関与。
当社は創業から一貫して顧客企業に対し、「常駐」という形態でコンサルテーションを実施しており、これまで社内で培ったノウハウを集約し、主にプライベート・エクイティ投資先にサービスを提供している経営支援第1事業本部を統括している。
顧客の永続性、持続的成長を図る上では、各ステークホルダーとの良好な関係構築が必須であるとの信条を持ち、業務を遂行している。
趣味はキャンプ、演劇鑑賞。
東京大学法学部卒業

◇主な著書
執筆責任者として以下
『経営目標を必ず突破できる!事業計画書のつくり方』(総合法令出版) 2012年
『間違いだらけのM&A~転ばぬ先の統合マネジメントプラン~』(金融財政事情研究会) 2013年

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