プライベート・エクイティ(PE)という投資形態が日本で開始してから15年を越えた。とはいえ、日本市場において、PEという言葉が広く人口に膾炙しているとはまだ言い難い状況にあるのも確かであり、そもそもPEとは何かを知らない人もいるだろう。そこで今回は、元々PEファンドにいた人間としての立場から、ファンドの存在意義やそこで働く人々、現在の到達点についてレビューしたい。
幸いながら、今回の寄稿にあたり、我が国のPE業界を代表する方々に改めて「PEの役割とは何か」、「PEは本当に必要とされているのか」という、なかなか今更できない真正面からの質問をすることもできた。このやりとりを通じて非常に深い洞察のある発言を頂くことができ、それらの内容が本稿には散りばめられている。もちろん、本記事が筆者の文責によるものであることは言うまでもない。なお、具体的な用語等については、本PE協会ホームページにある「よくある質問」も参考にして頂きたい。
PEファンドは何をするのか
PEの投資形態はコントロール投資と呼ばれることもある。この名称は、ほとんどの案件においてPEファンドは投資先企業の議決権付株式の過半を保有し、対象企業に株主による明確なガバナンスをきかせるということに由来している。
PEファンドの運営者らは、投資先企業の過半数の株を保有する株主として、投資先企業の価値を高めることによってリターンを得る。企業価値を高めるためにPEファンドが行うのは、一言でいえば「経営サポート」に尽きるが、そのサポート内容には具体的に次のようなものがある。
ガバナンスの強化
ガバナンスはしばしば企業統治と翻訳されるが、経営者の恣意的な意思決定を防ぐためのメカニズムというのは、狭義の意味でのガバナンスだ。ガバナンスにより積極的な意味合いをもたらすのであれば、それは、組織の課題解決を促進するためのメカニズムであるということができる。
具体的には、「株主からの問いに対して経営陣が説明責任を果たし、相互の議論を通じてよりよい課題解決を行っていきましょうという約束事」が信頼関係を土台に成立しているのがガバナンスの要諦だ。
例えば、取締役会で、企業の海外進出が予定より遅れていることについて、株主であるPEファンドが経営陣に問いかける。経営陣は、これに対して、政治環境の変化や、社内リソース不足、交渉の難航など、きちんとした理由をもって説明をする。その説明をベースに、相互で議論を行い、海外進出を進めるためにどのような打ち手を取るべきかについて合意し、その合意事項は翌月の取締役会できちんとレビューをされる。こういったやりとりが、信頼関係を土台に行われることにより、組織の課題解決を早めることとなる。
経営チームの強化
特にオーナー系企業の場合、創業オーナー一人の能力が突出している一方で、その他の経営人材が育っていない、もしくは不在である場合が少なくない。こういった企業においては、多くの場合に、オーナーから次の代への事業承継が大きな問題となる。実際、オーナー企業の事業承継が背景となっているPEのディールは相当数にのぼる。
PEファンドの多くは、各業界に経営人材のプールを有しており、次期社長候補はもとより、こういった企業に不足しがちな経営企画や財務担当役員など、その事業の特性に併せて経営人材を会社に紹介することができる。
経営管理体制の拡充
基本的な経営指標を持たず、資金繰り管理やKPI管理なども行わず、ほぼ会社の実態を把握していないまま事業を運営している企業も多い。こういった経営指標が不在であると、組織の現状把握を行うのが不可能となるため、課題解決のガバナンスを機能させる上でも大きな障害となる。
PEファンドは、投資初期の100日プランなどを通じ、会社の業績の“見える化”を進め、これら経営指標を導入し、企業の経営管理をしっかりと行える体制を作り上げていく。また、このプロセスを通じて、投資先企業の人々にビジネス・スキルが共有されていくことになる。
海外展開支援
その必要を認識しつつも、中堅クラスの日本企業の多くが実現できていないのが海外展開だ。文化や慣習の違う国においてビジネスをするには、それらの人々と仕事をする際の知見の蓄積や、当該地域におけるネットワークが必要となる。PEファームは、日本企業の海外展開ニーズを把握して、特に主要な市場とされている国についてネットワークを有しているのみならず、投資先企業の過去の海外展開経験にもとづき知見を蓄積させており、それらをもって投資先企業の海外展開をサポートすることができる。特に、グローバルに事業を展開しているPEの場合、多くの主要国にオフィスを構えているため、これら海外展開ニーズにはよりうまく対応できるケースが多い。
PEファンドはハゲタカなのか
テレビドラマや一部のアクティビストファンドの影響もあり、PEファンドには頻繁に「ハゲタカ」といった呼び名がつけられる。そこから連想されるのは、企業価値を高めもせず、金融の手法を用いて簡単にお金を儲けようとする投資家のイメージだろう。
しかしながら、事業を強化するための経営サポートを行うことは、少なくとも近年においてはPEファンドの主要事業となっている。一時期までは、PEファンドの仕事は金融投資家的なものであって、企業のキャッシュ・フローを利用して多額の借入を行う、ノンコア事業を売却する等の方法のみでリターンをあげようとする傾向もあった。実際に、企業価値を大して高めもせずに、大きなリターンをあげようとするファンドもいた。
しかし、こういった手法に対する批判の高まりや、ピュアな金融投資で市場を上回るリターンをあげられる投資機会が少なくなってきたこと等を背景に、21世紀に入ってからは、金融的手法にのみ目を向けるのではなく、世界中のPEが、事業価値の向上にも着目し、その比重を高めていった。それは日本でも例外ではない。
また、PEの投資案件のほとんどは、投資対象企業との友好的な関係により投資がなされていることからも明らかなように、PEファンドが投資先企業の意向を完全に無視して事業をするようなケースはほとんど見られない。仮にそのようなケースがあったとしたら、その投資は失敗に終わることだろう。というのも、企業価値を高めるためには、当然ながら企業側の自発的な努力が必要不可欠であり、そのような努力を引き出すような関係性を構築することなしに投資が成功することはまずありえないためである。
そもそも、なぜ多くの日本企業にマネジメント・サポートが必要なのか
ここまで読んでみて、なぜ多くの日本企業にマネジメント・サポートがこれほどに必要なのか、これは日本に固有の問題なのか、疑問を抱く人がいるかもしれないので、日本企業に固有な歴史的な経緯について触れておこう。
日本企業は、相当な大企業であったとしても、多くのケースにおいて経営企画部や財務部といった、マネジメントや財務に関わる部門が弱い。一方で、研究開発や生産管理といった、「事業そのもの」に関わる部門はおしなべて強い。
このような状況になった背景には、日本独特の産業構造と経済状況があった。戦後の日本において、事業会社のほとんどはメインバンク制の下で成長を遂げた。そこでは、銀行は融資という形態でありながら、資本性の非常に高い資金を提供し、平常時には融資先企業の成長のために必要な経営サポートを行い、破綻危機等がある際には経営再建を主導する機能を果たしていた。メインバンク制のもとでは、企業のメインバンクはインサイダーであり、特別なディスクロージャー等も必要とされなかったため、投資家に対するレポーティングを強化するニーズも低かった。
この一連の仕組みは、急速な勢いで全ての産業を育てる必要があった時代背景の要請だった。諸企業が事業のみに専心し、銀行が一手に企業の経営企画・財務の仕事を担当することは、国家全体の成長を実現するためには効率的な分業だった。戦後における日本企業の急成長の背景の一つには、間違いなくこのメインバンク制が存在している。
メインバンク制の下で、ある意味において、当時の日本の銀行はPE的な役割を果たしていたと言っても過言ではない。PEファンドにいる人々のうち、例えば日本興業銀行や日本長期信用銀行出身者の一部の人は、今PEファンドで行っている自分の仕事は、まさに銀行時代に自分たちが行ってきたものであると述懐する。
また、バブル崩壊以前までは、日本経済は常に成長期にあった。成長期にある経済においては、資本投下を続け生産能力を保っていればそれだけで事業は成長していったため、特に差別化や事業の取捨選択等を行う必要もなかった。そのために、戦略的な意思決定をする必要に迫られることもなく、またそのような意思決定をサポートするための部門に対するニーズも低かった。現代においては、新興国における巨大企業に対して同様のことが当てはまる。
このメインバンク制が崩れ、経済成長も一段落し、日本企業が自社独力で経営企画・財務といった事業を行う必要が生じてきたのは、20世紀末になってのことだ。しかしながら、組織の性質というのは経路依存するものであり、今までのやり方を内部だけの力で変えるのは容易ではない。結果として、メインバンク制が無くなってから20年の期間が経った今も、多くの日本企業において財務・経営企画が国際比較的には弱いままとなっている。中堅企業においては特にその傾向が強い。
日本企業に対して経営サポートが特に必要とされているのはこういった歴史的な事情によるものである。しかも、こういった企業の体質を変化させるにおいては、単なる外部コンサルタントを採用するだけでは不十分な場合もある。外部者はあくまで外部者であり、企業自身がその意見を採用して自社を変革していく勢いとするのは容易でないためだ。そのために、3〜7年といった期間、議決権付株式の過半数を保有して経営サポートを続けるPEファンドに、一定のニーズがあるといえるのだろう。
特に経営サポートという観点からいえば、日本においてPEのサービスを必要としているのは、事業承継問題を抱えるオーナー企業、大企業からスピンアウトする事業部、海外展開等のニーズを有する中堅企業という分野になるのだと考えられる。
まだまだ発展途上にある日本のPE
このように、日本企業にとってPEのニーズは明確に存在しているが、なかなか日本のPE市場は成長していない。GDPに占めるPE案件の比率に関していえば、日本と米国との間には今も1対10以上の格差がある。「金融界において市民権はあるものの、まだ日本の企業社会全体に受け入れられているとはいえない」と話す人もいる。
しかしながら、筆者は、PE業界の今後については楽観的だ。それには大きく二つの理由がある。
第一に、日本企業の多くが抱えている課題は今も解決しておらず、問題はより深刻な形で先鋭化することが明らかであるためだ。組織が内部から変革を起こすのは、よほどの強いリーダーシップがある場合を除けば、変革しなければ死を免れないといった場合であるが、後者のような変革のニーズは一定程度存在するものと考えている。個人的な意見だが、このままの形で20年後も生き残っていると断言できる日本企業はそう多くないため、ターンアラウンド(建て直し)やリープフロッグ(更なる飛躍)を必要とする案件は今後も増えていくのだろう。
第二に、PEの側から成功案件が多く積み上がりつつあるためだ。特に2010年を過ぎたあたりから、多くのPEが、企業価値を高めた結果、投資も成功したと言える案件を多く出すようになってきた。
これら多くの成功案件の共通点は、PEが投資先企業の企業理念を尊重し、その企業らしさを残したまま、不足している点を補完することで成功しているということにある。すなわち、これら案件の多くは、ファンドの投資期間に無理をして業績を改善させるのではなく、持続可能な形で事業を成長させることに成功したものであり、こういった案件が作り出されていることは、より多くの日本企業がPEと一緒に仕事をしてみようと思うようなきっかけになるのではないだろうか。
著者プロフィール 慎 泰俊(しん・てじゅん)
五常・アンド・カンパニー 代表取締役
モルガン・スタンレー・キャピタルおよびユニゾン・キャピタルを経て現職。2007年にNPO法人のLiving in Peaceを設立し、カンボジアやベトナムなどで日本初の「マイクロファイナンス貧困削減投資ファンド」を企画するとともに、国内児童養護施設の支援を実施。Global Shapers(世界経済フォーラム)などに選出。囲碁六段、本州縦断1,648kmマラソン完走。東京生まれ東京育ち。朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。
◇主な著書
『15歳からのファイナンス理論入門』(ダイヤモンド社) 2009年
『ソーシャルファイナンス革命』(技術評論社) 2012年
『外資系金融のExcel作成術』(東洋経済新報社) 2014年